映画「カーマイン・ストリート・ギター」 令和元年8月10日公開 ★★★★★

(英語 字幕翻訳 大西公子)

 

 

グリニッジ・ヴィレッジにあるギターショップ「カーマイン・ストリート・ギター」では、

携帯電話もパソコンも持たずに黙々とギターを作る職人リック・ケリーさんと彼の母、

そしてパンキッシュな風貌の弟子シンディさんが作業をしていた。

この店には、リックの腕を認めたギタリストが世界中からやって来る。

彼らが求めるのは、ニューヨークに現存する最古のバーといわれている

マクソリーズ・オールド・ エール・ハウスやチェルシー・ホテルといった

街のシンボルとなっている建物から出た廃材を材料にしたギターだった。   (シネマ・トゥデイ)

 

   ↑

先週、新宿シネマカリテのロビー展示はこれだったんですが、

今日来てみたら、ちょっと変わっていました。

 

 

なんと、中央にリックが作った本物のギターが展示されているのです!

今日はトークショーもある回をいち早く予約し、ギターファンの夫も誘ったので

いやがおうにも期待が高まります!

 

内容はいたってシンプル。

グリニッジ・ヴィレッジのカーマインストリートのギター工房

「カーマイン・ストリート・ギター」に1週間密着し、そこにやってくるギタリストと

ここの職人リック・ケリーのおしゃべりをおさめたドキュメンタリー映画です。

 

リックはたくさんのファンを持つ腕利きの職人なんですが、

特筆すべきは、ニューヨークの建物の廃材を使ってギターを作っていること。

古い建物が取り壊される情報を聞くと、すぐに行ってタダでもらってくるとか。

伝説のホテルだったり、禁酒法時代のもぐりの酒場だったり、

自殺者を出した売春宿だったり、火災にあった教会だったり・・・

200年前に切られてニューヨークの建物を支えて、時代とともに生きてきた木を

すべて手作業でギターに再生することをライフワークにしてきました。

 

 

すでに工房の天井まで使いきれないほどの廃材が積み上げられていますが、

ニューヨーク最古のバーといわれる「マクソリーズ・オールド・ エール・ハウス」が取り壊されると聞くや

この時もすぐにでかけていって、廃材をもらってきて、さっそく制作にとりかかっていました。

 

 

この工房のもう一人の職人は、プラチナブロンドに黒いネイル、パンクファッションの若い女性、シンディ。

彼女は職人というよりアーティストで、ピンルーターを駆使してギターのボディーに

ウッドバーニングの手法で細かい細工をしたり、独自のセンスでペインティングしたり。

ギター作りの技術もリックから教えてもらっているようで、

手本も師匠も学校もなく、すくない文献をたよりに試行錯誤しながら会得したリックの匠の技は、

この25歳の女性が引き継いでくれるんでしょうね。

 

そしてもうひとり、この店の事務を一手に引き受けるのが、

リックの母のドロシー・ケリーです。

リックが69歳なので、たぶん90歳を超えているんでしょうけど、

毎日電話をとり、はたきをかけて掃除をし、ジャーナル付きの電卓でお金の計算をします。

リックはネットもやらず携帯すら持っていないので、

ドロシーの取る電話が客からの連絡手段のすべてなんですね。

 

ただ、シンディが「♯ヤバいギター」とかハッシュタグをつけてネットに発信しているので、

インスタにあがったカッコいい画像は、日本にいながら、私たちもみることができます。

こちら →  https://www.instagram.com/carminestreetguitars/

 

 

 

この日はシンディのお誕生日で彼女の友だちが花束とケーキを持ってきてくれました。

テーブルの上にあるのはギターではなく、ギターの形の手作りケーキです。

すごい完成度!職人の友だちもやっぱり職人なんですね!

 

ところで、リックのところを次々に訪れるギタリストたちなんですが

多分みんな有名な人なんでしょうけど、私がわかったのはジム・ジャームッシュだけ。

(なので、以下、ほかのギタリストの名前は省略しています)

ジャームッシュは、愛用のギターを持ち込むんですが、

修理じゃなくて、弦の張替えだけにやってくるんですね。

弦くらい自分で張れそうなものですが、たぶんリックとおしゃべりしたくて来るんでしょうね。

 

リラックスした雰囲気のなか、いろんな人とのおしゃべりのオムニバスということでは

ジャームッシュの「コーヒー&シガレッツ」を思い出したんですが、

本作は彼の監督作ではありません。

ただ、リックのことを監督に紹介した張本人がジャームッシュなんですって!

 

店を訪れるギタリストたちは、思い思いに気に入ったギターの試し弾きをするんですが、

それが既存の曲なのか即興なのかもわかりませんが、とにかく、全員上手い!

もうそれだけでも変なコンサートよりも、ずっと価値があります。

 

リックは誰にでも親身に受け答えし、演奏の悩みをきいて

「こんなのはどう?」とその人に合いそうなギターを持ってくるんですが、

これが、(オーダーでなくても)その人にぴったりなんですよ。

 

車のドアに指をはさんだギタリストが、治療のためにコルチゾン注射を打ったら

骨のなかに感染して、中指がマヒしてしまい、ずっとリハビリしてたんですが、

もう動かなけりゃ動かないまま弾く覚悟ができたとか。

リックのおすすめのギターを手にしたら、めちゃくちゃ弾きやすくて、

「クソなリハビリより、このギターを買うんだった」と・・・・

 

リンカーンホテルを支えていた古材を使ったギターを弾いて

「ニューヨークの一部を弾いてる感じ」

「ビートニク気分!」といっていたギタリスト。

 

「リリースされる楽曲を光とすると、

影の部分はギターを作ってくれたり、弾く場所を提供したりしてくれる人たち」

「支える人あっての楽曲なんだ」

という別のギタリストのことばも印象的でした。

 

ギターのネックをつくるには

ドローナイフ→ 小さいカンナ → やすり の順におおよその輪郭から最後の削りまでやるんですが、

リックの工房には、とてつもなくたくさんの種類の工具がおいてあります。

その中でも、ドローナイフは祖父がそのまた父から譲りうけた大切なもの。

祖父もやっぱり、あちこちからクズを集めてくるような人で、

他人が片付けると烈火のごとく怒ったそうな。

道具の置場所も自分なりにきまっているから、ひとにいじられるとわからなくなる。

「他人には散らかってるように見えるかもしれないけど、秩序があるんだ!」と。

 

ギターを手にしたのが運のつきで、一生貧乏だけれど、

「古材をギターにかえて命を吹き込む仕事を死ぬまでずっと続けたい」

というリックの一片の迷いもない言葉がとても素敵でした。

 

 

上映後のトークショーは、音楽にもNYにも詳しい、鈴木慶一さんと長門芳郎さん。

リックのキャラクターは、ギターを作ったりリペアしてくれたりする職人さんに共通の「あるある」で、

携帯もってない率もけっこう高いそう。

頑固な職人気質というより、人当たりのいい人が多いんでしょうかね。

店にいくと、一点物のギターがいっぱい飾ってあって、

試し弾きさせてもらうと、欲しくなって、家に帰っても気になって、結局買っちゃう・・・・みたいな。

 

そして鈴木さんが、ロビーに飾ってあったあのギター、

チェルシーホテルの廃材からリックが作った本物のギターを弾いてくれました。

空洞のないソリッドギターで、アンプにもつないでないから、本来は音がしないはず。

それでも、最後列に座っていた私のところまで、しっかり共鳴音(NYの音?)が届きました。

感激でした!

 

いやー、いい経験をさせてもらいました。

ギターに無縁の私でもこんなに楽しかったので、

ギター好き、音楽好きにはたまらない、というか、しびれると思います。

東京でもシネマカリテとイメージフォーラムだけしかやっていないけれど、

これはおすすめですよ。絶対に映画館でみないと!