映画「北の果ての小さな村で」 令和元年7月27日公開 ★★★★☆

(デンマーク語 グリーンランド語 字幕翻訳 伊勢田京子)

 

 

 

グリーンランドにある人口わずか80人のチニツキラーク村に、

デンマークから新人教師のアンダースがやって来る。

ところがアンダースは言語や習慣の違いで授業を進められず、村では考え方の相違によって孤立し、

過酷な自然に苦しめられる。

ある日、狩猟で学校を休んだ生徒の家を訪ねたアンダースは、

生徒の祖父母から生きるための知恵や哲学を教えられる。             (シネマ・トゥデイ)

 

 

シネスイッチ銀座で初日の初回に鑑賞。

世界最大の島、グリーンランドは、メルカトル図法だと、大陸みたいに大きく描かれるけれど、

地球儀で実際の大きさを見ても、やっぱり大きい。

で、北極圏だから寒い。

 

ここに教師として赴任してきたアンダース・ヴィディーゴは白熊みたいな風貌の29歳の青年。

赴任前の面接のシーンで

「家庭もしがらみもない今のうちにいろいろ挑戦をしてみたい」といい、

面接官から

「首都ヌークならここと同じような快適な生活ができる」といわれても

あえて80人しか住んでいない極寒のニツキラーク村をえらんだ骨のある青年なのでした。

 

「彼らは土地のことばをしゃべるけれど、あなたの仕事はデンマーク語を教えること」

「だからあなたが土地のことばを学んだりしないで」

「彼らがデンマーク語がしゃべれるようになることは、彼らのためになることなんだから」

「今までの経験でも、それで全く問題なかった」

 

彼の家は大きな農場で、

「旅にでて視野を広げいろんな体験をしたい」という息子に、不満げな父親。

「グリーンランドの住人はのんだくればかりだぞ」

 

氷山のすきまをぬって、鏡のような水面をボートが行き、やがて、マッチ箱のような家々が見えてきます。

ここに住んでいる人たちはイヌイット(正確にいうとカラーリット)でモンゴロイド系なので

ヨーロッパ人よりは、モンゴル人とか日本人によく似ています。

 

 

デンマーク語が堪能な村の青年ジュリアスが説明をしてくれるのですが、これが予想外にシビアで・・・・

①家に水道はないから、水は自分で運ぶしかない

②シャワーや洗濯はサービスハウスでできる

③家にはトイレの設備もなくて、週3で汲み取り屋がバケツの回収にくる

 

小学校での授業がはじまりますが、

子どもたちはぜんぜん集中せず、おしゃべりばかり。

それもグリーンランド語でしゃべるから、何をいっているかもアンダースはわかりません。

 

学校の用務員みたいなおばさんに愚痴をいうのですが、

彼女もデンマーク語をしゃべらず、話はまったくかみあいません。

「ここはデンマークじゃない」

「あなたは私たちのことをみくだしてるでしょ!」

彼女のことばもアンダーズにつたわったかも不明です。

 

子どもたちの大半が両親と離れて暮らしているのが不思議でその理由をたずねると

「実の親とわかれて、祖父母と養子縁組しているのはここでは珍しくない」

「実の親がアル中とかで、強制的に離されるケースもある」

「雇用がなくて仕事にありつけないからね」

 

学校を無断欠席している8歳のアサーの健康状態を心配して、家庭訪問をするアンダース。

ジュリアスの通訳つきで、彼の祖母に理由をきくと

「アサーは元気よ、じいさんと犬ぞりで猟にでかけてるから休んでるの」

とあっさりこたえる祖母におどろいて

「犬ぞりは楽しいけど、ちゃんと勉強しないと、中学に言って困るから」とアンダース。

「デンマーク流をおしつけないで!

必要なことはぜんぶじいさんが教える。アサーが立派な猟師になれるように」

 

ほとほとアンダースは困ってしまいます。

「授業中ふざけてばかりの子どもたちにもお手上げだけど、

保護者のほうがもっとたちが悪くて、約束は無視するし、勝手に休ませるし、

村中のひとから自分は歓迎されていないみたいに感じる・・・・」

そして、家の暖房が壊れたのに、

「部品がないから当分治らない」というジュリアスにもキレて、ケンカになってしまいます。

「君の責任で直せ!僕は政府から派遣されてきたんだぞ」

「君はここに何を期待してきたんだ?」とジュリアス。

 

「よりによってこんなクソ寒い田舎にきてやったのに・・・」

というアンダースの心のなかを見透かされてしまったようです。

 

 

アサーの家では、たくさんの子犬が産まれ、

「お前の犬だ」と、祖父は目もあかない子犬をアサーに抱かせます。

そして、皮ひもを噛んで柔らかくしながら形を整え、いっしょにハーネスをつくるのです。

 

次のシーンは、十字架に先導されて棺がそりで運ばれていくところ。

亡くなったのは、アサーの祖父でした。

 

アンダースは面接官にいわれたことを無視して、グリーンランド語を学ぶことにしました。

そして、授業も、カリキュラムをおもいっきり無視して、現役猟師のトビアスを講師に迎えて

猟師になるための授業をやったところ、子どもたちは目を輝かせていろいろ質問をぶつけてきます。

 

祖父を亡くしたアサーを心配するも、祖母はこの新米教師になかなか心を開いてくれません。

そこで彼は、ジュリアスとトビアス、それにアサーをつれて

犬ぞりで狩りの旅へと出かけることにするのです。             (以上あらすじ)

 

 

エンドロールで、

「アンダースはデンマークにはもどらず、今も村で教師を続けている」とテロップが出て、

ここで、アンダース役の青年が、なんとアンダース本人であることがわかります。

あとでサイトをみたら、どうも全員が本人役らしくて、

要するに「セルフ再現ドラマ」みたいな感じなんですけど、

死んでお葬式をあげたはずのアサーの祖父が生前の姿をできるはずないし・・・・

と思ったら、脚本家がいるから、この辺はフィクションなんでしょう。

生きてる人を殺しちゃうのって、ちょっとどうかと思いますけど(笑)

 

アンダースとアサーは本人っぽいな、と思いながら見てたんですが、

ジュリアスと祖母の二人はめちゃくちゃ演技が上手なので、絶対に俳優さんだとおもったんだけどな。

 

本作は映画作品としては「小品」で、完成度の高い作品とはいいがたいんですけど、

そこから伝わる迫力が半端ないんですね。

おそらく、脚本家が意図して書いたのは

「あなたはデンマーク語を教えればいい、それが彼らのためなんだから」

という面接官と

「必要なことは全部じいさんが教えるから学校は必要ない」

というアサーの祖母のせりふ。

 

この極寒の辺境の地に住む彼らが貧しさから脱却するために必要なのは教育。

まずはデンマーク語を学び言葉の壁を取り払うことで、雇用が生まれる・・・・

という先進国目線で「良かれと思って」アンダースは来てるのに、

思いっきりアウエイの洗礼を受けてしまいます。

 

それでも腹をたてて帰国せずに、現地語を学び、彼らの懐にはいりこんで

ここで生きていく決心をした彼の気持ちに沿うように

私たち観客の思いもだんだん変わっていくのです。

 

犬ぞりも、動物愛護団体なんかに「虐待」といわれて非難されてるので、

最初、ちいさな犬たちに鞭を当ててそりをひかせるなんて「かわいそう」としか思えなかったんですが

「ともに生きるためにそれぞれの役割を果たしている」ということが伝わって

ごくごく自然なことのように思えるようになってきました。

(最後の旅のシーンで、上り坂では人間もおりていっしょにそりを押すところがあったりして、納得です。)

 

何十㌔もありそうなあざらしを解体するのは日常風景で、

野菜がないから、生肉を食べることでビタミン不足を回避してる・・・というのも前に聞いたことがありました。

この解体作業も、最初は「グロい」としか思えなかったのが、

だんだん慣れてくるから不思議・・・・

 

一番忘れられないのは、アサーのおばあさんが昔話を話して聞かせるシーンで、

タイトルは忘れたけれど、

「少年は勇気をふりしぼって老婆の首をちょんぎりました。めでたし、めでたし・・・」

みたいな話を8歳のアサーにしちゃうんですよ。

日本だって、ヨーロッパだって、けっこう残酷な昔話のラストは多かったけど、

「教育上問題だ」と全部骨抜きにされちゃってるのは、いかがなものか?とずっと思ってた私でさえ

ちょっとひいてしまうような、残酷さMaxのおばあちゃんのお話でした。

 

それから猟師のトビアスが子どものとき、両親と5か月旅をしたとき

吹雪にあって8日間、食料はあざらしの古い革の鞭だけで生き延びた」

というのもショッキングでした。

 

 

映像も、そんなに特殊なカメラを使っているわけでもなさそうなんですけど、

すごい説得力です。

晴れた日の空の抜け感がすごい。(映画館なのに)まぶしくて目があけられなくなるくらいです。

カタバチック風が嵐になり、急遽作った氷のドームのなかで一夜を明かすところとかもリアルで、

けっして「冒険家」でもなんでもない彼らの、ふつうに生きる術なのです。

 

オーロラも、観光地でみるようなはるか彼方にうっすら光って喜ぶレベルじゃなくて

頭上まで広がるからむしろ怖いくらい。

ホエールウォッチングも、人気の観光イベントですけど、

いつ沈んでもおかしくないようなカヤックのすぐそばをクジラたちが潮をふいて泳いでいくから

これもちょっと命の危険を感じてしまいました。

 

実は、前の日に私が予約していた夏休みの旅行の催行中止メールをもらってしまい、

それにかわるプランを検索していたところで、

「絶景」とか「世界遺産」とかにチェックをいれてあれこれ考えていたのです。

「お手軽に安全に美しいものを見たい」という自分の浅はかさが露呈してしまって、

本当に心から恥ずかしいと思いました。

 

ただ、グリーンランド観光というのもあって、デンマークやアイスランドからは飛行機も飛んでいます。

ちょっと変わり者の金持ちの観光客がお金を落としていくのはグリーンランドにも好都合なんでしょうが、

そこそこいいホテルにとまって、オーロラにきゃーきゃーいって、

帰ったら、自慢げにブログを更新するんだろうな?なんて思っちゃったりして・・・・

 

アンダースももともと旅好きの青年で、都会育ちのひよっこではないし、

キャンプも慣れていて、なかなかサバイバル能力もありそうなのに、それでも挫折してしまうくらい

現地に溶け込むのはたいへんなこと。

グリーンランドに限らないけれど、

どこかに行ったら、そこに住む人の気持ちを分かってあげられる人になりたいと強く思いました。

 

ところで、私は

「グリーンランドはデンマークの一部」と思っていたんですが、帰って調べたら、それは昔の話。

1979年に自治政府ができて、独立を目指しているとか。

たしかにデンマークとは地理的にも遠いし、文化も違うけれど、

そうなったら、アンダースの立場はどうなっちゃうんでしょう?

 

いや、それより心配なのは、グリーンランドの豊富な地下資源を狙って中国が触手を伸ばしており、

すでに新空港プロジェクトを受注したニュースを知って、

そっちのほうがずっと心配になりました。

ほかのアジアの国の二の舞にならないように、

がんばれ!グリーンランド!