映画「氷上の王、 ジョン・カリー」 令和元年5月31日公開 ★★★★☆

(英語 字幕翻訳 牧野琴子)

 

 

 

イギリスのフィギュアスケート選手、ジョン・カリー。

1976年、インスブルック冬季五輪に出場した彼は

見事にフィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得する。

しかし、一躍有名となった彼はゲイであることをマスコミに報じられ、差別に晒されていく。(ぴあ映画生活)

 

70年代に世界のトップとなった、イギリス人フィギュアスケーターのドキュメンタリー映画です。

今でこそ世界のトップを日本人スケーターが席巻するようになりましたが、

40年前だと、日本人でいうと、佐野稔、渡辺絵美あたりの時代ですね。

歴代のメダリストのなかにジョン・カリーの名前はあったので、

私でも名前だけは知っていたのですが、

正直、40年前の演技なんて、今だったら、ジュニアでも通用しないんじゃないかと思っていました。

 

とんでもないです!

氷上のジョンの姿は、まさにバレエダンサーそのもので、とにかく美しい。

スポーツの領域を超えて、すでにもう芸術です。

ドキュメンタリー映画なので、実際の画像の質も良くないし、

なかにはアマチュアの撮ったホームビデオみたいな映像しか残ってなかったりするのですが

それでも彼のたぐいまれなる華やかさ、妖艶さは十分伝わってくるからスゴイです。

 

ジョン・カリーは1949年、イギリスのバーミンガム生まれ。

バレエが習いたいといっても親に許されず

「スケートならスポーツだからOK」といわれ、7歳の時にフィギュアスケートを始めます。

70年も前に8ミリのプライベートビデオをたくさんとっているくらいだから、

工場経営のけっこう裕福な家庭だったようですが、

男らしさを求める父親とはうまくいかず、そこから逃げるようにスケートに熱中していきます。

 

ただ、滑らかに優雅に滑るのが褒められるのは男子スケートでは子どものうちだけ。

青年期になると、求められるのはスピードや技術の男らしい滑りで

ジョンの目指すスタイルは全否定されるようになります。

また、彼は自分の性に違和感を感じるようになり、同性のスケート選手と恋人関係に・・・

 

親とも疎遠になり、レッスン料やリンク料にも事欠いていた彼でしたが、

エド・モスラーという富豪が援助を申し出てくれたことで

コーチの指導やメンタルトレーニングを受けられ、お金の心配なしに世界を目指せる環境になります。

ただ、当時はまだ東西冷戦時代、

ソ連や東欧の壁は厚く、それはスケーティングの技術だけではなく、

東側の審判が多ければ、絶対に勝つことはできなかったのです。

優美さよりも、ジャンプとスピードが採点に結び付き

難易度が際立つプログラムにせざるを得ない状況で、ジョンには不利と思えましたが

1976年の欧州選手権で、ジョンはショートを終えて2位、

続くフリーの「ドン・キホーテ」では完璧なトリプルトゥループを決め、

なんと東側審判のひとりがジョンに1位をつけたのです。

そして、初めての金メダル!

 

続くインスブルック冬季オリンピックでも、完璧なポジションと体のライン、

全くぶれない美しいスピンで、見事金メダル。

「芸術と技術の完璧な調和」と評されました。

 

ところが、世界一となった試合後の記者会見ではマスコミから

「ゲイを公表するかどうか?」の質問ばかりなのにショックをうけます。

 

その一方で、プライベートは関係なく優勝をたたえるお祝いの手紙も

彼のもとにはたくさん届き、スポーツ栄誉賞も受けました。

 

もともとバレエダンサーになりたかったジョン。

ジョンにとってはスケートでの金メダルはゴールではありませんでした。

彼はスポーツ選手であることをやめ、夢だった自分のカンパニーで

「氷上のバレエ団」をつくることをめざします。

 

バレエでは美しいポーズを決めたまま移動することは不可能ですが

それが氷上では可能になります。(バレエ用語でエクステンションというそうです)

筋肉を動かさないまま、神秘的で官能的な表現のできるスケートは

スポーツでありながら、バレエ以上の芸術表現ができるのです。

 

1978年、ニューヨーク公演では絶賛を受けますが

アメリカはゲイの聖地、暴力的だったり薬物依存だったりのゲイもたくさんいるわけです。

ゲイの聖地といわれるファイヤーアイランドで貪欲に快楽を求めるうちに、

ジョンはひどいうつ状態になっていきます。

 

1982年、コロラドに移り、新カンパニーをたちあげますが、

あまりに完璧主義者のジョンはときに不機嫌で冷淡で傲慢。

まわりと衝突することも少なくありません。

東京公演でも代々木体育館に氷を張り、新日本フィルと共演しますが

リンクを埋める広告とか、日本側が設置した観客の満足メーターなんかにへそを曲げ

ナーバスになってしまいます。

「自分には才能とおなじだけの悪魔がいる」とつぶやくジョン。

 

ロンドンのアルバートホール、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場、

常に新しい試みをとりいれ、世界中で大きな公演を成功させますが

それでも毎回莫大な費用が掛かり、赤字がなかなか解消できず、ジョンは疲弊してしまいます。

 

そのころ、同性愛者の間でカポジ肉腫を発症する人が増え

ジョンのまわりのゲイ仲間もどんどん死んでいきます。

そして、ジョン自身もHIVであることが分かります。

「友だちはみんなエイズで死んだ。つぎはボクだ」

「エイズで死ぬのがこわいと母に言えた。母は受け入れてくれた」

 

そして91年にエイズを発症したジョンは、94年に44歳の若さでこの世を去ります。

 

 

本作は、フィギュアスケートをアートの領域まで高めたといわれる伝説のスケーター

ジョン・カリーの生涯を描いたドキュメンタリー映画です。

再現シーンふくめ、役者が演じる箇所はまったくなく、

アーカイブ映像とインタビュー、ナレーションで構成されますが、

とにかく、画面に映しだされるジョンの動きが優美で、目を奪われます。

大きな大会の記録映像はともかく、今回発掘された(多分観客が撮影した)映像とか

幼少期のホームビデオとか、画質がかなり悪くて、手ブレもひどいんですけど・・・

 

また、彼は友人や恩人たちにたくさんの手紙を書いており、

彼らへのインタビューもありますが、それ以上に

その手紙の文字(これがすごく美しいのです!)を

本人にかわってナレーターが読むかたちで話がすすみます。

普通ドキュメンタリー映画は、膨大なインタビュー映像をたてつづけに流して

そのなかから観客たちに本人像を浮かび上がらせるという手法が多いですが、

本作は「本人のことば」がメインなので、説得力ありますね~

 

フィギュアスケートの技術の進歩はめざましいものがあり、

シューズの改良とかもあるんでしょうが、ついこの間まで3回転とかだったのが

今は男子だったらメダルを獲るには4回転は必須となってきました。

なので、見る前までは、(冒頭にもいいましたけど)

「40年前のフィギュアスケートなんて、(今見たら)たいしたことないだろう」

と思っていたんですが、

(語彙力なくて美しいとしか言えないんですが)

バレエのメソッドを取り入れた彼の演技には

スポーツであることを忘れて見とれてしまいました。

76年の欧州選手権で披露した3回転トゥループの高くダイナミックなジャンプも素晴らしい!

回転数だけで言うと、(動体視力のない私には見分けつかないですけど)

去年女子選手でも4回転を飛んでるんですけどね。

 

ジョンの功績はフィギュアスケートを誰もが見たがる「美しい競技」にして

メジャーなスポーツにしただけでなく

引退後のスケート選手がアイスショーでまだまだ活躍できるようになったのも

ジョン・カリーのカンパニーの実績によるものでしょうね。

 

もうひとつ、ゲイを公表するスケーターがかなり多いのも、彼の功績かも。

ジョンが自らカムアウトしたのは、エイズ発症後なんですけど

今だったら、ジョン・ウィアー、ジェフリー・バトル、アダム・リッポン・・・・など

ゲイを公表し、同性婚している選手はたくさんいるし、

羽生選手のコーチであるブライアン・オーサーもそうです。

美しいスケーティングと同性愛との関係はよくわかりませんけど、

 

キス&クライでの乙女なしぐさをみていると、ジェイソン・ブラウンもそうじゃないかと確信してたんですが、

彼はまだカムアウトはしてないみたい。

ただ、女性っぽいだけなのかもしれないけれど

指先まで神経の行き届いたしなやかで美しい身のこなしは、バレエを見ているようで

ジョン・カリーを思わせますね。

 

彼の時代に「ゲイの金メダリスト」といわれるのは、つらかったと思いますが、

彼のかかえる問題はLGBT関係だけではなくて

運動選手がみんな抱えるケガや体調不良にたいする心配

審判が東西かで採点が大きく変わってしまう、不公平なジャッジシステムに対する不満

金銭問題とかカンパニー運営にかかわる様々な苦労

そして最後には、彼を蝕んでゆく病魔AIDSとの闘い・・・・

 

それに、彼に男らしさを強要した父親の自殺について

その理由は明らかにされていないし、彼自身も語りたくなかったようですが

「親の自殺」というのは子どもにいつまでも暗い影を落とすものです。

せめて、残された母親が彼の同性愛やエイズを受け入れてくれてよかったな、と思います。

 

 

この映画のプロモーションに使われる画像は↑これがほとんどで

「スケート界のヌレエフ」とか紹介しても、

この画像では、なんとなくフラメンコみたいなダンスを想像してしまい、ちょっと損してるかも。

ぜひ、彼の美しいスケーティングは動画で見てみてください!

https://www.uplink.co.jp/iceking/