映画「 ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」 令和元年5月10日公開 ★★★★☆

(ロシア語・英語・フランス語 字幕翻訳 佐藤恵子)

 

 

 

1961年、海外公演のためソ連から初めて国外に出た無名の若きダンサー、

ルドルフ・ヌレエフ(オレグ・イヴェンコ)は、パリの街に魅了される。

自由な生活や文化、芸術の全てをどん欲に吸収しようとするが、その行動はKGBに監視されていた。

やがてヌレエフが、フランス人女性のクララ・サン(アデル・エグザルコプロス)と親密になったことで

政府の警戒が強まり、ある要求を突き付きられる。                               (シネマ・トゥデイ)

 

 

冒頭のシーンは、バレエ教師プーシキン(レイフ・ファインズ)への尋問

「彼が亡命すると気づいていたのか?

これは、ソ連に対する攻撃です」

「いや、彼はただ踊りたくて西側へ行ったのです。」

 

場面かわって、1938年3月17日。

食べたりゲームをしたり、たくさんの人で混雑したシベリア鉄道の車内でなんとお産がはじまり、

ひとりの男の子が産声をあげます。

 

その23年後、パリ、ル・ブルジェ空港に降り立ったキーロフバレエ団,

はじめて西側にやってきたその一行のなかに、若き日のルドルフ・ヌレエフがいました。

街のあちこちには「自由」「平等」「友愛」の文字が踊り、

きらきらしたパリの街並に目を輝かせるルディ。

団体行動をきらって一人で出かけるルディは、すぐに監視対象となり、

芸術監督にも嫌われて、初日のステージでは役から外されてしまいます。

 

その6年前、ルディが17歳の時、レニングラードのバレエ学校の新入生となるのですが

ウファという田舎出身で、バレエをはじめたのも遅く、けっして優等生でもないのですが

はじめてわずか4週間で

「あの指導者は僕にはあわない」とクレームをいれる強心臓ぶり。

「君はまだ技術不足で、従順さもない。上のレベルに達してから文句をいえ」といわれるのですが

けっして引き下がることなく、ついには、希望するプーシキンのレッスンを受けることになります。

 

彼は頭ごなしに教えることはせず、

「ステップは論理的に考えればよい、賢い君なら自ずとわかるはず」という方針で、

ルディは練習の鬼となってめきめき頭角をあらわしてきます。

 

さてまたパリのシーンに戻って、

「メデュースの筏」を観るために早朝からルーブルに行ったり、

大好きな鉄道模型をさがしにいったりしているルディ。

彼は英語の勉強もしていたので、フランス人の友人もできます。

ルディのバレエをみた若手のピエール・クレール(のちの高名な振付師)は

「君はバレエの技術はまだまだだけど、魂は完璧だ」といいます。

 

ピエールはクララ・サンという女性を紹介してくれ、ルディにディナーを誘いますが、

おいそれとは行けないのがソ連の国情。

それでも同室のユーリをお目付け役につけて、夜の外出が認められます。

クララは、チリの大富豪の娘で、大臣で高名な作家のアンドレ・マルローの息子と交際していましたが、

6日前に、その息子ヴァンサンが交通事故で死んでしまったとのこと。

「アンドレ・マルローって、『人間の条件』の作者だよね」

と、ソ連にいながら、フランスの小説もちゃんと読んでいて

ルディは美術にも文学にも幅広く興味をもっていたことがわかります。

 

「事故のショックで安定剤のバリアムを飲んでいてずっと家にひきこもってた。

今日はピエールに無理やり連れてこられたけれど、気が晴れたわ」とクララ。

 

「あのチリ人女は巨額の富の相続人になっているのを知って付き合ってるのか?」

「勝手な行動をするとこっちの立場もあやうくなる」

「1961年5月27日、この場で君に正式に警告したからな!」

などと監視役(KGB?)にいわれるのですが、それでもルディは

「彼女はただ西側のダンサーと親しいから付き合ってるだけだ」と取り合いません。

 

ある日、ロシア料理店に出かけたクララとルディ。

ここでちょっとした手違いが起こります。

ルディのところに彼の嫌いな「ソースのかかったステーキ」が運ばれてきてしまったのです。

「ロシア人の給仕係なんだから、彼を呼んで交換してもらえばいいじゃない」とクララがいっても

「彼の目をみれば、バシキール人(である自分)を見下しているのがわかる」

「ぼくはウファの田舎の農家の子どもで、王子を演じているけど王子なんかじゃない」

 

かといって、「ソースのかかったステーキは絶対に嫌だ!」といい、

キレて席を立ってしまうルディにさすがのクララも呆れてしまいます。

 

ほかにも、(これらはパリ滞在中のことではないと思うんですが)

ルディが難しいジャンプや回転の練習をしているときに、見学者をみつけて

「年寄りは出ていけ!やつらが出ていくまで踊らない」

と芸術監督にキレまくって

「芸術以前に態度の問題」といわれてしまいます。

 

また、モスクワの文化省で

3つの団から誘いがきているのに地元のウファで踊れと言われ、断ると

「3年間国から学費をだしてもらっているのだから、恩返しをしないと・・」

「故郷のウファを見下しているのか?」といわれ、それでも

「ぼくは非凡だ!」と言い放つのです。

 

また彼は指導者のプーシキンの家にいっしょに住んでいた時期があり、

彼の妻と不倫関係にありました。

これは完璧に裏切り行為なのに、それでもプーシキンに向かって

「あんたら夫婦といると窒息する」とかいきなりキレたり、

「傍若無人で、カッとなりやすい、扱いづらい性格」を表すエピソードがたびたび挟まれます。

 

パリでの最後の夜も夜遊びして朝帰りとなるのですが、

なんとか間に合って、みんなと空港へ行き、次の公演地ロンドンを目指します

 

ところがここで、ルディだけが呼び出され

「フルシチョフ第一書記から電話があり、君の踊りがみたいそうだから、君だけモスクワへ」

と言われます。

「自分だけ?一緒に踊るのはだれ?」と聞いても答えてもらえず

「帰国の理由はおかあさんの病気だ」とこんどは違うことを言われます。

これは誰が考えても怪しい。強制収容所とか???

 

見送りにきていたピエールに「投獄される」と指文字で伝えると、彼はクララに連絡をとってくれます。

やってきたクララは空港警察のドアに助けを求め、

「ソ連の役人がダンサーを取り囲んで、強制的に帰国させようとしている」と告発します。

そしてロディの耳元で

「あなたは何がしたいの?」

「亡命したいのなら、後ろの警官のところへ走って亡命希望と言って!」

とささやきます。

 

ルディはすきをみて走り、亡命を希望し、その場で警官たちに保護されます。

KGBの職員は

「そんなに踊りたいなら今回はみんなと一緒にロンドンに行かせる」と懐柔しようとしたり

「ソ連を裏切ったら母親とか家族が虐げられるぞ」と脅かしたりしますが、ルディの心は変わらず。

クララのところへは大勢のマスコミが押しかけます。

 

(ここのシーンには一切過去映像が挟まれず、サスペンス映画のような緊張感です)

 

このあと、彼は誰もが知る高名なダンサーとなるのですが、

「これからどの国に住むのか?」と聞かれ

「汽車生まれだから、どこでも暮らせる」 という「定番ネタ」で返すのです。

 

・・・といった、ヌレエフの半生を描いた「伝記映画」といえるのですが、

見どころがたくさんあって書ききれないくらいです。

 

当初「ホワイト・クロウ」というタイトルを聞いて、

あの大ヒットしたバレエ映画の「ブラック・スワン」にのっかった便乗商法で

日本の誰かがアホな邦題を付けたんだろうと思ってたんですが

なんと、原題も同じでした。

 

最初の方で、

「ホワイト・クロウとは、類まれなき者という意味のほかに

はぐれもの、という意味がある」

とテロップがでるのですが、

まさにルディは「類まれなき はぐれ者」で、

それを示すエピソードがたくさん紹介されます。

 

と同時に、(あらすじでは省略しましたが)

貧しかったころの幼少期のモノクロシーンがなんども挿入されます。

とくに伏線になっている、というわけではないのですが

これをみると、こういう環境に育った上昇志向の高い少年の意識が伝わってきます。

タタール系の少数民族出身というのは、彼の「恥ずかしい過去」というよりは、

「そこから自力で這い上がってきた自分に対するプライド」がものすごく高いんでしょうね。

 

本編のほとんどは、1961年5月のパリ公演中の「現代のシーン」なんですが、

ここに幼少期とレニングラードのキエフバレエ団でのシーンが何回も挟まれます。

 

幼少期はモノクロだし子役が演じているのでわかりやすいですが、

パリとレニングラードは両方(ロシア人同士は)ロシア語だし、

特に室内のシーンは見分けがつかず、混乱してしまいました。

 

 

ルディを演じるのはタタール劇場の現役プリンシパルのオレグ・イヴェンコ。

吹替もCGもなしで見事なバレエシーンを見せてくれます。

 

 

↑これが若いころのヌレエフですが、雰囲気似てるかな?

 

 

オレグはアップになると、吸い込まれるような青い瞳をした、魅力的なイケメンなんですが、

これだと本人には似てないので、

無理やりキツめな表情をさせられてるみたいで、ちょっと気の毒になりました。

 

もうひとつ、気の毒だったのは、ルームメイトのユーリ役があのセルゲイ・ポルーニンなんですよ。

 

 

ジャンプのオーラとか、ユーリの方が誰の目にも華やかに映り、これ、いいのかな?

まさか、ポルーニンに「手を抜いて飛べ」ともいえないし、困ってしまいますね。

 

それから、監督をつとめたレイフ・ファインズはプーシキン役でも登場します。

驚いたのは、かれのセリフはほとんどがロシア語だということ。(ロシア人設定ですからね)

 

世界に公開する映画では無理やり「全編英語」というのは多いですが、

本作ではロシア語が一番多くて、パリでのシーンは外国人同士は英語でほかはフランス語。

ルディの英語がパリで友人と話をするうちにだんだん上達していく、というのも

すごいリアリティでした。

 

KGBの取り調べの口調は若干きつめですが、

全体的には紳士的で、拷問をうけたり、そういうシーンはなかったのですが、

こういう息苦しい国で、「傲慢・我儘・反逆児」を貫くのは、なかなか勇気のいることと思いました。

今の日本もそうだけれど、「自由の国の空気感」というのは

永年そこにいると意識しなくなってしまうんですよね。

 

今の日本でバレエで大成するには、親の経済状態がかなり良いか

いいスポンサーを見つけられてないと、まず無理ですよね。

貧しい少数民族の出自でも、素質があれば国費で授業が受けられる社会主義の国。

うらやましいけど、最後まで国に支配されなければいけないのもゴメンですね。

 

 

今回は、TOHOシネマズシャンテで初日初回に観たのですが、

前夜予約したときは席はガラガラだったのに、

チケット売り場は行列ができていて、会場は中高年の女性中心にほぼ満席でした。

発券機にむりやりムビチケを通そうとしてるマダムがいたけど

ちゃんと席は確保できたのかな?とちょっと心配。

ここの発券システムというか、人の流れは、混雑すると大変ですね。

 

ところでTOHOシネマの上映前の東宝シンデラガールによる「シネマチャンネル」というのが

私は大っ嫌いで、いつも上映前にもかかわらず、ストレスMaxになるのですが、

1スクリーンの場合、2階のうしろの入り口から(CMが終わったのを見計らって)

入場すればいいことに、今日気づきました。

私は絶対に通路側の席しか予約しないので、これは有効な方法ですね。

 

6月に値上げになる前にあと2回くらいは来ようかな?