映画「グリーンブック」 平成31年3月1日公開 ★★★★★

(英語 イタリア語 ロシア語  字幕翻訳  戸田奈津子)

 

 

 

1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒を務めるトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、

クラブの改装が終わるまでの間、

黒人ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手として働くことになる。

シャーリーは人種差別が根強く残る南部への演奏ツアーを計画していて、

二人は黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに旅立つ。

出自も性格も違う彼らは衝突を繰り返すが、少しずつ打ち解けていく。        (シネマ・トゥデイ)

 

 

 

1962年、NYの高級クラブ「コパカパーナ」

金持ちの客を席に案内してチップをもらい、ホール内で何かいざこざがあると、

「トニー・リップ!」のひとことでその場に駆けつけ、すぐに取り押さえて店の外に連れ出し

ガチでぶちのめす・・・・

それがトニーの仕事でした。

 

イタリア系でNYブロンクス生まれ。

家族は妻のドロレスと息子のトニーとニックだけなんですが、いつもいろんな人がたむろしている

にぎやかな、いかにものイタリア移民の家庭です。

ある日、配管修理にやってきた黒人たちが飲み終えたドリンクのコップを

流しからつまみだして、ゴミ箱に捨てるトニーの姿がありました。

 

勤め先のコパが改装に入り、仕事にあぶれたトニーは

それでも家族を養わなくてはならないため、ホットドッグのフードファイトに参加して50ドル稼ぎ

「よかった!家賃に間に合った」とドロレスは喜びますが、

そうそう毎日大食いというわけにもいかず、

そこに飛び込んできたのが

「どっかのドクターが運転手をさがしている」という情報。

 

面接会場に指定されたカーネギーホールに行くと、

ドクターというのは医者ではなく高名な黒人ピアニストで、このホールの上に住んでいると。

 

使用人にかしづかれて、ジャングルの王みたいな服で玉座に座っているのは

みるからに上品でシュッとしたドクター・シャーリー。

 

 

「運転だけでなく、雑用やスケジュール管理もやってほしい」

「どんな車でも運転できるが、雑用は無理」というトニーに

「君はトラブルを解決する腕を持っていると聞いたが・・・・

ただ、8週間も家を空けるから、妻帯者には気の毒な仕事だ」

そして

「バレロンガ(トニーの本名)君、ご足労だった」

 

ところがそのあと妻のドロレスにドクターから電話があり

「2か月も留守にするけど大丈夫?給料は希望通りで・・・」

といわれ、するするとニックの仕事が決まってしまいます。

 

出発当日、ドロレスが持たせてくれたサンドイッチを、ドクターの分まで食べながら

ずっとおしゃべりしながらの運転に

「手は10時2時の位置に」

「よそ見するな」

と、(プロの運転手なのに)いちいちドクターに叱られます。

逆に、黒人のくせに、アレサ・フランクリンやリトル・リチャードをしらないドクターに

トニーは呆れてしまいます。

 

今回の旅は、当時まだ黒人差別のひどかった南部をまわる演奏旅行で、

いろんな騒動や差別(後述)に遭遇しつつ、なんとか二人で解決しながら

雪のふるクリスマスイヴのNYに帰って来る・・・・という、ロードムービーです。

 

途中のエピソードがあまりにたくさんあるので、あとから少しずつ書きますが、

驚かされるのは、これは「実話」でドクター・シャーリーもトニーも実在の人物なのです。

アカデミー賞脚本賞を獲ったニック・バレロンガは、作品中にも出てきたトニーの下の息子で、

父から何度も聞かされていたこの話を書きたかったんだけど

「存命中は書くな」というドクター・シャーリーとの約束で、

ようやく今になって発表することができたんですって!

 

ドクター・シャーリーがステレオタイプの黒人じゃないので、

人種差別を扱った作品としてはかなりの変わり種です。

いい意味でも悪い意味でも世間ずれした、貧しいけれど暖かい家庭を持っている腕っぷし自慢のトニーと

世間知らずで豪邸に一人暮らしのインテリな黒人ピアニスト、ドクター。

 

チラシの裏に書いてあった「おじさん図鑑」の なかむらるみさんのイラストが、

まさにそのとおりで笑えます。

 

 

マハーシャラ・アリは、過去作では「酸いも甘いもかみ分けた大人の男」のイメージだったのが、

繊細でインテリなピアニスト、なんて驚きの役で、演奏シーンも吹替なしでびっくり。

 

ヴィゴ・モーテンセンは、あんまりハリウッド映画には出ないので、そんなに認知度高くないかもしれませんが

ホントは、語学力も身体能力も並外れた、究極のストイックなインテリ美形俳優なんですよ!

14キロも増量して、北欧系なのに、デブで陽気なイタリア系男になり切っていました。

本作で彼を知った人にはぜひぜひ過去作も観て欲しいです。

 

さて、ドクターとニックの珍道中ですが、どんなルートで旅をしたのか?

どんどん出てくる地名を、(埼玉の市町村よりはわかるので)なんとなく思い浮かべていて、

あとで公式サイトでチェックしようと思っていたんですが、ルートについての説明は全くありませんでした。

でも、けっこうこれって大事なポイントだと思うので、メモと記憶だけで再現してみました。

都市名の入ってないのは、特別エピソードがなかったか、通過しただけなのか・・・?

かなりいい加減ですが、ざっくり、下のようなコースをたどります。

 

 

ともかく、62年当時差別のひどかった南部地帯をほぼ回りつくしていますよね。

8週間でこれだけ走って、そして、最後はアラバマ州から一気に帰ってきたんですよね。おお!

 

①ピッツバーグ(ペンシルベニア州)   この地域だとほとんど問題なし

          ドクターの演奏を初めて聞いて感動するトニー。

          「リベラ―チェより上手い」

          「いつも考えごとしていて、あんまり楽しそうに見えない」とドロレスに手紙を書く

 

②ハノーバー(オハイオ州)  会場の担当者がクズで、ピアノがボロ。

          「黒人なんてどんな楽器でも弾く」という男をぶんなぐって

          スタインウエイのちゃんとしたピアノを用意させるトニー。

 

⑤ルイビル (ケンタッキー州)  いっしょに宿泊できず、黒人専用の汚いモーテルへ。

          夜ドクターがひとりでバーに行って、差別主義者にボコられてると聞いて、

          急いでトニーが駆けつけて、銃をもってるふりをして救い出す。

          金持ちの家のホームコンサートで演奏するが、白人用トイレを使うのを拒否される。 

          ドクターは30分以上かけてモーテルまで往復する。

 

⑦メイコン(ジョージア州)

          高級紳士服店でスーツを新調しようとするが、試着さえさせてもらえないドクター。

          その夜警察から連絡あり、行ってみると、裸で手錠をかけられたドクター。

          同性愛者だといういうことがバレてしまう。

          わいろを払ってともかく警察から救い出すトニー。

          「今夜のことは知られたくなかった」とドクター。

 

⑧メンフィス(テネシー州)  

          偶然出会った仲間たちから、金になる仕事の話をもちかけられているトニーをみて

          イタリア語もわかるドクターは「給料を上げるから一緒に来てほしい」と頼む。

          「心配するな、頼まれた仕事は最後までやる」というトニーとの間に信頼関係ができてくる。

 

⑨場所不明    大雨のなか、走っていると、パトカーに停められ、黒人の夜の外出は禁止されていると。

          「(イタリア移民は)半分ニガーだから、黒人の運転手をやってるのか?」

          といわれて怒ったニックは、警官を殴り、二人とも逮捕されてしまう。

          演奏会に遅れてしまうことを心配したドクターはどこかに電話すると、

          あっという間に釈放される。

          なんと彼の電話した相手はロバート・ケネディ司法長官だった。

 

⑫ バーミングハム(アラバマ州)  演奏会の会場は立派だが、ドクター用の控室は汚い倉庫。

         レストランで食事をすることさえ許されない。

         「これは差別ではなく昔からのしきたりで変更はできない」と言い張る担当者。

         「今日で最後だ、9回の裏だ」 とトニーが引き留めるも

         「今日の演奏会は降りる」と今回ばかりは言い張るドクター。

 

         「黒人は無責任だから仕事がないんだよ」

         「せっかくスタインウエイを用意したのに」

          なんて言われても無視して帰ってしまい、

          立ち寄ったバーで即興演奏して大盛り上がり。

 

帰り道、またパトカーに停められ、げんなりするも

「車が傾いてる。左の後輪がパンクしてるみたいだ」

と教えてくれたのでした。

修理の間も、後続車を誘導して安全確保してくれ

「気を付けて、メリークリスマス!」

 

急いで帰ればクリスマスイブに間に合う!

不眠不休で車を走らせてきたトニーの体力もすでに限界となり、

最後は熟睡するトニーを乗せて、ドクターがハンドルを握ります。

 

そして、トニーの自宅まで送ってくれたドクターに

「家族に会って」といいますが、立ち去るドクター。

愛する家族や仲間たちとの再開に喜ぶトニーでしたが、やっぱりドクターのことが気になって・・・

それはドクターも同じで、トニ―の家にやってきてくれて・・・・

だれもがニッコリするようなシーンで、大団円を迎えます。

 

 

 

 

タイトルにもなっている『グリーンブック』とは、当時黒人の旅行者用のガイドブックのことで、

名前の由来は、これを作ったヴィクター・H・グリーンから。

トニーはレコード会社からこの本を受け取るんですが、

黒人は、ここに載っていないホテルやレストランは使えないわけで、全然楽しくないガイドブックです。

ジムクロウ法が適用される南部ではこれを守らないと面倒なことになります。

 The Negro Motorist Green Book (黒人ドライバー・・・)ですから、

車を所有している黒人、つまりある程度は資産のある黒人が、

入店拒否とか給油拒否とかされずにスムーズに移動するための本なのです。

 

アカデミー賞を争ったほかの黒人監督、「フラック・クランズマン」のスパイク・リーや

「ビールストリートの恋人たち」のバリー・ジェンキンスたちからは

人種差別の描き方が「甘い」「白人目線」と批判されてるみたいですけれど・・・

 

彼はピアニストとしてのその才能は高く評価されているにもかかわらず、

ジムクロウ法の適用州にいくと、「黒人扱い」されるのが「法令順守」なわけで

北部だけで演奏活動をしていればいいものを、

「才能だけでなく勇気が人の心を変える」ことを信じて南部への演奏旅行を自ら決めたわけです。

 

農園で働く黒人たちからしたら、自分は黒人ではなく、

白人たちからは黒人扱いされる「自分は何者なんだ」と悩むドクター。

 

「特権階級の黒人が感じる差別」は、たびたび映画化され、

42世界を変えた男」のジャッキー・ロビンソンや、

栄光のランナー1936ベルリン」のジェシー・オーエンスなど、みんないい映画でした。

本作もこっちのカテゴリーにいれれば、そんなに批判されることもなかったのかと。

 

まだまだ書きたいことはあるのですが、長文になりすぎたのでこの辺で・・・

 

一つくらい残念なことを書こうとしたんですが、あんまりなかったです。

敢えて言えば、会話のテンポがイマイチだったので、違う人の字幕でも見たかったです。

同性愛者だと説明するのに「おばさん」はないんじゃないの?

「ご足労だった」は本来尊敬語なので日本語としては間違ってるんですが、面白いと思いました。