映画「ドリーム」 平成29年9月29日公開予定 ★★★★☆

(字幕翻訳 長尾絵衣子)

 

 

 

1960年代の初め、

ソ連との宇宙開発競争で遅れを取っていたアメリカは、国家の威信をかけて有人宇宙飛行計画に乗り出す。

NASAのキャサリン・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、

メアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)は、差別や偏見と闘いながら、

宇宙飛行士ジョン・グレンの地球周回軌道飛行を成功させるため奔走する。            (シネマ・トゥデイ)

 

アカデミー賞主要3部門にノミネートしたと聞きましたが、「ドリーム」なんてあったっけ??

と思ったら、原題は「Hidden Figures」でした。

隠された人たち、つまり、歴史の陰にかくれたアフリカ系や女性たちが差別を克服していく・・というような意味です。

それにひきかえ、邦題は「ドリーム」というシンプルで明るいもの。

 

実はちょっと前までこのタイトルには副題がついていました。

 

 

「私たちのアポロ計画」

この副題があると、アメリカの宇宙開発を支えた人たちの話であることはわかるけれど、これには致命的なことが・・・

なんと、彼女たちがかかわったのは、(人類の月面着陸をめざす)アポロ計画ではなく、

その前の(有人宇宙飛行をめざす)マーキュリー計画だったのですよ。

たしかに、マーキュリー計画とかジェミニ計画とか言われてもピンとこないかもしれないけれど、

そもそも「Hidden Figures」に光を当てようって映画なのに、メジャーな別物の名前だけ借りるってどういうこと??

 

そう思った人が多かったのか、このアホな副題はその後外されました。

 

そもそも、なんでマーキュリー計画がアポロほどメジャーじゃないかというと、

それはなんといっても、有人飛行はライバルのソ連に後れをとってしまったから。

 

1961年4月にガガーリンがボストーク1号で人類初の有人軌道飛行をしたのは誰もが知っています。

アメリカはその直後にフリーダム7でアラン・シェパードが、

続いて、リバティベル7でガス・グリソムが有人飛行に成功したものの、地球周回ではなく、

わずか数分の弾道飛行でした。

おまけに、リバティベルは着水時にハッチが開いてしまい、機体の回収に失敗してしまいます。

 

ソ連との宇宙開発競争で後れをとったアメリカ。

「ソ連に負けるな!」

と各方面からプレッシャーをかけられ、NASAのスタッフたちはむしゃらに働く・・・そんな時代の話です。

 

3人のヒロインは、非常に優秀な数学者・技術者たちで、プライベートでは親友。

NASAの職場までは一緒に車で通勤しています。

通勤途中にエンストしてしまい、パトカーに先導してもらって出勤・・・

という、予告編でおなじみのシーンからはじまります。

バスに乗る時も黒人専用席に座らなければいけなかった時代でしたが、

当時のアメリカはソ連嫌いの人ばかりだから、NASAで働く女性スタッフは黒人であろうとも希望の星。

たまたま出会った警官にも激励されて、モチベーションが高まります。

 

ここで働くアフリカ系の女性たちは、みんな優秀なリケジョたちで、

NASAのランフレー研究所西計算グループで、ロケットの打ち上げに必要な「計算」をしています。

当時はまたコンピューターが普及していなかったから、ロケット飛ばすのに

人海戦術で手計算していたなんて、びっくりしてしまいます。

 

オスカーの常連、オクタヴィア・スペンサー演じるドロシーは、彼女たちを束ねる実質の管理職ですが、

責任ばかりで肩書は与えられず、給与も据え置きという不当な扱い。

 

キャサリン(タラジPヘンソン)は小学生で飛び級で高校に入るくらい、天才的な頭脳をもつ数学者。

宇宙特別研究本部の募集している解析幾何学の専門家として

白人しかいない東棟に、アフリカ系で初めて「昇進」することになりますが、

与えられるのは黒塗りのデータの検算ばかりで、

一緒に仕事をしているポールは全くキャサリンを当てにしてない様子。

それでも「行間を推理して」「黒塗りは光にかざして」

難なく、フリーダム7の失敗を証明してしまうキャサリンに、

強面のハリソン本部長(ケビン・コスナー)もびっくり。

 

やがて同僚たちもキャサリンに一目置くようになるのですが、

キャサリンが一番困っているのは、トイレ問題。

東棟には白人用のトイレしかないから、

一日に何度も800㍍離れた東棟の「非白人用」のトイレまで往復しなくてはなりません。

 

これを解決してくれたのはなんとハリソン本部長で、

自らトイレのプレートをぶっ壊し、

「これはだれ用でもない、ただのトイレだ。デスクから近いのを使え」と。

これはいかにもアメリカ人の好きそうな流れで、ちょっと嘘くさいんですけど、

素敵なおじ様、ケビン・コスナーにこんなことしてもらったら、感激ですよね。

 

キャサリンは夫と死別していて、三人の娘を育てるシングルマザー。

パーティーで知り合ったジム中佐(マハーシャラ・アリ)に見初められ、幸せな再婚をします。

魅力的な女性は、必死に婚活したり、女子力磨きに精を出さなくても、ちゃんと認められるんですよね~

 

やがてIBMの巨大なコンピューターがNASAにも導入され、計算係の女性たちは失職の心配にさらされるのですが

なかなかコンピューターを使いこなせる人がいなくて、以前として手計算モード。

ドロシーは、なんとプログラミングを独学で勉強し、計算係の女性たちとともに、技術を磨きます。

そして、能力を認められたドロシーは、ようやくスーパーバイザーの肩書も獲得するのです。

 

もうひとりのメアリー(ジャネール・モネイ)は、NASAのエンジニアになりたくて、たくさんの資格を取り

キャリアも積んできましたが、まだ条件が足りないと。

それを満たすには、白人だけの学校で講習を受けることが必要といわれます。

「勝ちが見えるとゴールを動かされる」と嘆くメアリーですが、諦めることはなく、

「前例がない」と拒絶された学校を相手に裁判を起こします。

この時の裁判官に対する言葉が素晴らしい!

 

「私の肌の色は変えられないから、ここで学ぶには、一番最初の人間になるよりもほかに方法がありません」

「あなたのお力なしにそれは実現できません」

「あなたの扱う訴訟のなかで、後世に残る判決は、一番最初の人間を生み出すものではないでしょうか」

 

そして、裁判官を説得したメアリは、見事、技術者養成プログラムに参加することに成功します。

 

 

3人は容姿も体形も性格も三者三様ですが、誠実で努力家で、そしてなにより輝く知性をもった女性たちです。

キャサリンは圧倒的な数学力で、メアリは類まれなディーべート力で、そしてドロシーは柔和な優しい人柄で、

それぞれに自分のドリームを現実にしていくのが、なんとも清々しいです。

 

黒人差別が主題の映画だと、悪役の白人からこれでもかというほど、精神的肉体的に痛めつけられる

理不尽なシーンが延々続くのが普通ですが、本作では、3人とも差別を力にかえて、とにかく前向き。

自分の知力でなんとか解決していくんですね。

 

NASAのマーキュリー計画も、ようやくフレンドシップ7でジョン・グレンが地球周回軌道に乗るところまで行くのですが

打ち上げ直前になっても計算した値が一致しません。

計算ミスは即、飛行士の命を奪うことになりますが、ジョン・グレンは、

「あの数字の天才の女性が検算したのなら、自分は信頼して、迷いなく飛び立てる」と言います。

そして、キャサリンの計算が終わるまで、グレンはロケットの中で体を固定されたまま待機。

そして、フレッドシップ7の打ち上げが行われ・・・・・・

 

 

私はマーキュリー計画なんてほとんど知識がなかったんですが、

「打ち上げの時に待たされ過ぎて、トイレが我慢できなくなった」

というエピソードを思い出して、もしかしてこの時なのかと思ったんですが、

あとで調べたら、それはアメリカ最初の有人飛行、アラン・シェパードの時の話(実話)でした。

飛行時間が短かったから、トイレの心配までしてもらえなかったんですね。

 

トイレ問題は切迫している分、一度聞いたら忘れられません。

「キャサリンが非白人用トイレまで片道800m走って行ってた話」もインパクト強くて、

いろいろいじめられた話を積み上げるより、よっぽど印象的で、多分絶対に忘れないと思います。

 

 

この3人、3人とも実在の人物で、エンドロールで本人の写真が映し出されるのですが・・・・

 

 

左  数学者のキャサリン・ジョンソン

中  プログラマーの草分け、ドロシー・ボーン

右  航空宇宙科学エンジニアのメアリー・ジャクソン

 

 

キャサリンがどう見てもアフリカ系に見えず、帰って調べたら、やっぱり晩年もこんな感じでした。

 

 

どうも彼女はアフリカ系・ヨーロッパ系・ネイティブインディアン・・と、様々な人種のミックスのようで

見た目は全然アフリカ系じゃありません。

たしかに「非白人」ではあるけれど、ちょっと納得いかず。

 

このほかにも、3人以外の主要人物がほとんど創作だったり、事実と違うことが多かったり

ドキュメンタリー映画の感覚で観ると突っ込みどころ満載ですが、

飛行士とちがって地味な裏方の仕事を魅力的に、エンタメ要素も交えつつ、

万人向けに作られていて、こういう分野に興味をもつ入り口となってくれそうです。

 

アポロ計画だと、1969年に月面着陸したアポロ11号の3人の飛行士の名前だったら、(アームストロング船長はじめ)

ファーストネームまで正確に言えるのに、その前のことはホントに分からなくて申し訳ないです。

 

ジョン・グレン氏は、確か70歳過ぎて向井千秋さんたちとディスカバリーに搭乗したので、名前は知ってましたが、

アメリカで軌道飛行やランデブーやドッキングを初めてやった飛行士やロケットの名前なんて、

興味すらなかった自分が恥ずかしいです。

 

 

ところで、メアリ役のジャネール・モネイは、映画「ムーンライト」でシャロンに優しく接してくれるテレサ役でした。

 

 

そしてテレサの夫で、シャロンの心の父だった麻薬ディーラーのファンを演じたマハーシャラ・アリ

 

 

彼は「ムーンライト」でオスカーを獲りましたが、本作でもキャサリンの夫となるジム中佐を素敵に演じてました。

全然ハンサムじゃないのに、この圧倒的な魅力はなんなんでしょう・・・

 

「ムーンライト」は本命の「ラ・ラ・ランド」を破って見事作品賞に輝いたこともあって、

日本公開も前倒しで早めでしたが、楽しむというよりは「味わう」作品で、万人受けではありませんでした。

「ドリーム」のほうがよっぽど対象を限定しないと思われるのですが、ここまで公開が遅れたのはなぜ?

もしかしたら、サブタイトルでもめたから、とか???