映画「マダム・フローレンス 夢見るふたり」 平成28年12月1日公開 ★★★★★

 

 

 

ニューヨーク社交界のトップとして華やかな毎日を送る一方、ソプラノ歌手を目指して活動している

フローレンス・フォスター・ジェンキンス(メリル・ストリープ)。

しかし、その歌唱力は音痴というしかないレベルであった。

夫シンクレア(ヒュー・グラント)は、マスコミを買収したり、理解者だけを集めた小規模なリサイタルを開いたりと、

病を抱えながらも夢を追う彼女を支えていた。

そんな中、フローレンスがカーネギーホールで歌いたいと言い始め……。(シネマ・トゥデイ)

 

実在の世界一音痴な実在のソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスがヒロインの映画です。

先日観た「偉大なるマルグリッド」も彼女のエピソードをフランスに置き換えた作品でしたから

その時にフローレンスのことはいろいろ調べていたので、思った以上に実話に近くて驚きました。

 

この恐るべき歌姫、フローレンスのカーネギーホールでの公演は超満員。

 

人間の声の栄光????

 

彼女のCDは日本でも発売されていて、なんと図書館にもあったので、私もすでに全曲聴いています。

確かにウルトラ音痴だけど、一生懸命声を出そうとしていて、たまに奇跡的に合ってるところもあってスゴイ!

(誰とは言わないけど)プロ歌手でもスッカスカの息だけで歌ってる人に比べたら、個人的にはずっと好きです。

だいたい、「夜の女王のアリア」なんて、音痴じゃなくたって、あんなの歌える人は僅かです。

誰だって、あのハイFのところなんて、「首を絞められて七面鳥の声」になってしまいます。

 

そして、一番感動したのは、彼女の先の読めない歌唱にどこまでもちゃんとついてきて、

少なくともリズムに関しては欠点を完璧にカバーしてるピアニストの存在。

 

「偉大なるマルグリッド」では、家の執事が伴奏を担当していて、彼は(女主人の音痴がバレないよう)

気配りをする有能な執事でしたが、ピアニストとしてはほとんど描かれてなかったんですよね~

 

本作では、オーディションで選ばれた、ステーキ屋のピアノ弾き、コズメ・マクムーンの存在が際立っていて

とっても嬉しかったです。

 

週に150ドルの高額ギャラや、憧れのマエストロ、トスカニーニが普通に出入りしているこのお屋敷に舞い上がって

大喜びで伴奏者を引き受けたコズメでしたが、マダムのあまりの音痴に驚き

でも歌唱指導のエライ先生も夫もニコニコしてるから、自分は何もいうことができず、

帰りのエレベーターの中で笑いをこらえるのに必死。

マルグリットと夫のシンクレアはとても仲がいいのに、シンクレアは夜は毎日別宅で愛人のキャサリンとベッドを共にし

そのことはマルグリットは承知しているというのです。

なんてヘンテコな家だ!

 

マダムの持ってるブリーフケースには触るな!

部屋に置いてある椅子は高価な美術品だから腰かけるな!

マダムはサンドイッチとポテトサラダが大好物なのでパーティーでは大いに食べろ!

・・・とか、お約束ごとを念を押され、でも、報酬もいいし、マダムはエキセントリックだけど明るく大らかだからと

ここでがんばることを決心するコズメなのでした。

 

ここで(この時点ではコズメも知らない)マダムの過去を説明すると・・・・

音楽が大好きでピアニストになりたかったフローレンスは17歳の時医師のジェンキンスと駆け落ちするも、

女遊びの激しい夫から梅毒をうつされます。

夫とは離婚して実家に戻りますが、父親から音楽の道に進むことは固く禁じられます。

その後両親が亡くなって遺産を相続してからは、お金はあるし、音楽は出来るしウハウハなはずが、

梅毒の治療薬(当時はペニシリンがなかったので、ヒ素や水銀)の副作用で髪は抜けおち、

ピアニストの命である左手も動かずに、ピアニストへの夢は絶たれてしまいました。

ただ音楽を愛する気持ちは変わりなかったから、財団を立ち上げ、若い演奏家の援助や、

音楽愛好家を集めたイベントを開催しては寄付を募ったり、自分も場を盛り上げるために仮装して登場したり・・・

 

元俳優のハンサムな二度目の夫(内縁?)シンクレアとの間には(梅毒のせいで)子供はつくれず、

愛人の存在も黙認せざるを得ないけれど、おもてむきは一緒にイベントを盛り上げる仲の良い夫婦でした。

かといって、遺産目当ての「仮面夫婦」というわけでもなく、

シンクレアも愛人宅で息抜きしつつも、昼間は妻をホントに大切にしているところがすごいですよね。

 

その愛人のキャサリンも、命令口調でけっこう強気な発言をするから、二人の女性の間にはさまれて、

シンクレアは気の休まる暇がありません。

 

彼の一番大変なお仕事は「世間のディスリスペクトを妻の目にふれさせないようにする」こと。

記者や評論家を買収し、辛辣な批判記事の乗った新聞は買占め・・・・

音楽愛好家だけ集めてのプライベートなコンサートならともかく、カーネギーでの3000人コンサートでは

さすがにミッションを果たせずに、「最低の歌姫」の記事を目にしたフローレンスは寝込んでしまいます。

 

「偉大なるマルグリッド」では、自分の歌のレコードをはじめて聞いた時に、自分のあまりの音痴に寝込んでしまったのですが、

本作では、フローレンスは(音楽の素養あるくせに)レコード聞いても音痴に気付かず、

コンサート会場の笑いも、心から喜んでくれていると典型的なプラス思考で勘違いしていて、

ようやくニューヨークポストの記事の罵詈雑言を読んで、ホントのことを知るのです。

実際のところはこちらに近いのかな?

 

ともかく、1944年10月のコンサートの翌月に76歳で亡くなっているのは確かなので、

世間の悪評を知って失意の中で亡くなったのか、

それとも、大仕事をやり終えた達成感の中で亡くなったのか?

「悪声は非難されても歌った事実はとりけせないわ」といっていたから、私は後者だと思いたいです。

ペニシリンのない時代に梅毒にかかって50年も生きるなんてありえなかったそうで

ここまで長生きできなのは「夢をもっていたから」なんでしょうね。

 

「夢見るふたり」の邦題で、夢見る「もうひとり」は予告編ではシンクレアのことをいっているようにみえますが

ホントは、ピアニストのコズメのことじゃないかな?と思うようになりました。

 

彼もまたカーネギーホールで演奏するという夢はとりあえず果たしたわけで、部屋で筋トレやってましたけど

エンドロールでボディビルをやってる写真もあったから、とにかく頑張る人なんでしょう。

物腰が柔らかい女性的ところがマダムに気に入られて採用になったんですけど、

もしかしてゲイでは?と思わせる描写があちこちにありましたね。

キャサリンのハンサムな男友達に目をかがやかせたり

シンクレアの「愛にはいろいろな形がある」のことばに共感したり、なかでも

コンサート当日に遅刻してマダムを焦らせたときも、「復員兵たちにつかまっちゃって」と言い訳してましたが

服が乱れながらもにこにこしていて、何があったのか気になります(想像つくけど・・・)

演じたサイモン・ヘルバーグはほんとにピアノ弾いていました。

なんともいえない飄々としたキャラクターで今後注目させていただきます。

 

あのアクション女優レベッカ・ファーガソンは、今回は「報われない強気な愛人」

今回は古き良き時代の美人オーラを放っていて、何を演じてもすごい人ですね。

 

コンサートでの楽曲は、モーツアルト「魔笛」から「夜の女王のアリア」はじめ、シュトラウス二世の「こうもり」の「笑いのアリア」とか

ドリーブの「ラクメ」から「鐘の歌」とか、どれもこれも難曲ぞろい。

こんなのばかり(しかも音痴)では疲れてしまうんですが、コズメが優しく奏でるサンサーンスの「白鳥」や

「おおスザンナ」や「ブラームスの子守歌」とか、誰もが知っている曲もけっこう使われていました。

クラシック以外でも、ベニー・グッドマンの「シング、シング、シング」に合わせてヒューグラントがノリノリで踊るシーンも見どころ。

 

確かにクラシックファンだけが観るわけじゃないですからね。

メジャー映画なので、とりあえず「万人向け」にするところ、「偉大なるマルグリット」とはちょっとちがう心配りでした。