映画「ニュースの真相」 平成28年8月5日公開 ★★★★☆
原作本「大統領の疑惑」メアリー・メイプス キノブックス

アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領が再選を目指していた2004年、
放送局CBSのプロデューサー、メアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)はダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)が司会を務める報道番組でブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑をスクープする。
それはアメリカで大反響を呼ぶが、後に証拠は偽造されたものだとブロガーが指摘したことから、
メアリーやダンら番組スタッフは世間から猛烈な批判を浴び……。(シネマ・トゥデイ)

「マネーモンスター」とか「ナイトクローラー」とか、テレビ業界の裏事情を扱った映画多いですね。
邦画でも中井貴一主演の「グッドモーニングショー」が10月公開予定です。

本作は、2004年の大統領選直前にCBSがスクープした
ブッシュ大統領の軍歴詐称をめぐる実話に基づくもの。
証拠とされた書類が偽物だったことがわかり、
番組スタッフとキャスターのダン・ラザーがクビになったことで「ラザーゲート事件」ともいわれます。
これは解雇されたプロデューサー側から描いた作品なので、エンタメ系の爽快感は全くありません。
自信もって報道したものが嘘っぱちといわれ、ブロガーたちがじゃんじゃん攻撃してくるのだから
報道する立場にある人たちにとっては、ホラー映画に相当するくらい背筋が寒くなるはず。

時代は、ブッシュが2期目の大統領選挙に挑んでいる2004年10月。
ブッシュ→ YES 45%   NO  48%
ケリー → YES 38%   NO  38%
と、世論は均衡していました。

CBSの報道番組「60ミニッツⅡ」は人気報道番組で、その頃はアメリカ軍によるイラク人捕虜虐待

そのころ飛び込んでいたネタが、「ブッシュは下院議員の父ブッシュのコネでベトナム戦争に行かず
より安全なテキサス空軍州兵となり、6年の兵役義務もちゃんと務めていない」
という疑惑で、これが証明されれば、大統領選挙に大きな影響ができそうな案件です。
ビル・バーケットから提供された「キリアン文書」には、
①兵役を離れて父の選挙運動を手伝うのを許可されるよう上層部と話しているようだ
②上官からブッシュの評価をあげるよう圧力があった
③身体検査を受けず他にも問題があって、ブッシュは資格停止処分を受けた

というような複数の書類で、キリアン自身は故人なので真偽を確かめられないものの
「そんな覚えがある」程度の当時の関係者のコメントが取れ、サインの筆跡もキリアンのものだと断定。
書類はオリジナルではなくコピーなので、真偽の鑑定は難しいが、
複数の鑑定人たちが「当時の内部事情に詳しい人」が書いたものであって、
「偽造だとはいいきれない」「本物だとしても矛盾はない」というので、
プロデューサーのメアリーは番組での公開に踏み切ります。

メアリーはハードワーカーの敏腕プロデューサーで、かわりに家事をやってくれる優しい夫と
7歳の息子の家族がいます。
母の仕事は少なからず幼い息子にも影響していて
「ぼくは真実を知りたい。ぼくの質問に答えて」なんてマイクを向けられたリします(かわいい・・♡)

またメアリーの実の父は、幼いころ、メアリーが何を聞いても答えず、暴力をふるうだだけ。
「どんなに殴られても絶対に泣かない。そうやってパパを満足させない。いつか見返してやる」
とこらえてきた彼女は、長じて報道の世界で権力や不条理に立ち向かい
それを断ち切る仕事を選んだのです。

さて、2004年9月8日の60ミニッツの番組のなかでブッシュの軍歴疑惑が放送されると
全米に大反響で、他局の報道番組はCBSのスクープをニュースとして取り上げ、
アンカーマンのダンとメアリーのチームは一躍時の人となるのですが、それは一瞬のこと。
すぐに共和党シンパのブロガーたちが、キリアン文書は偽物だと言い始め、ネットは大炎上します。

1972年のタイプライターでは改行幅は変えられず、肩文字の小さなthも入れられない。
フォントもマイクロソフトのワードのデフォルトで打ったものを何度もコピーしたにちがいない、と。
メアリーたちは必死で当時の公文書から小さなthを見つけ出して、当時でもオプションつければ可能・・・
とか、反論はするのですが、その後も「メモの時はスタウト将軍は退役してた」とか
国中のブロガーたちが「あらさがし」で反撃してくるから
とてもじゃない、太刀打ちできません。

そして、おそろしいことに、今度は証言者たちが次々にほかのメディアに対して
「あんまりしつこく聞かれるから適当に答えた」とか
「偽造とはいえないとはいったけど、本物だとは絶対にいってない」とか言い始め・・・・・

しまいには、不仲の父のところにまでマスコミがおしかけ
「娘は過激なフェミニズムを広めるために今の仕事をしている」
「ダンと組んでずっとブッシュを狙っていた」
なんて、他局が喜びそうなコメントをする父の声をきいて絶望します。

おそるおそるネットで自分を検索すると
「邪悪な左翼のくず」
「レズの男役」
「ババアの腹を割く」とか、見たくないことばのオンパレード。

一番焦っているのはCBSの上層部で、調査委員会を設置してメアリーたちを召喚します。
彼らのメールまでチェックされ、「うまい肉」とか「いい感じ!」なんていう言葉にも
故意の偽造を疑っていやな質問をしてきます。
なんとなく既視感あると思ったら、トランボの「日米活動委員会」みたいでした。
メアリーの「今リベラルか、かつてそうだったか」というセリフも多分それを意識してのことでしょう。

ともかく、傷口をとっととふさいで、会社へのダメージを最小にすることが優先なので、
ダンには番組内で謝罪をさせ、取材にかかわったスタッフはすべて解雇。ダンも番組を去ります。

解雇後にアブグレイブ収容所での捕虜虐待の取材で「放送界のピューリツァ賞」ともいえる
「ビーボディ賞」を受賞したということがエンドロールで流れますが
なんか、すっきりはしませんね。

偽造を見破れずに報道した責任はあるけれど、でっち上げの主導権をとったみたいにいわれるのは
あまりに不名誉だと思うんですが、このあと裁判とかにはならなかったのかしら?

メアリーたちのねつ造でないとしたら、偶然か、誰かにハメられたか?
ハメられたとしたら誰が?
これをちゃんと調査することも大事だと思いますが、そもそもプロのジャーナリスト集団が
まんまとハメられるなんて、みっともなくて言えないんでしょうか。

本作は完全にメアリーとダンサイドからの言い分なので、フェアでないともいえるけれど、
優秀なジャーナリストをこの程度の失敗で失脚させていいんでしょうかね。
ただ、「文書は偽造かもしれないけれど、趣旨は間違ってない」という主張はいかがなものかと思います。

とにかく、真実を伝えるためには最善をつくし、それでも結果的に誤報だったら、彼らはすべてを失う、
常にその覚悟をしておかなかればいけない・・・・ということを思い知らされます。




両端が本物のメアリー・メイプスとダン・ラダーです。
私は全く知らなかったんですがダンラダーはみんなが知ってる有名なキャスターで
最後に「勇気を(courage!)」というのが決め台詞だそうです。

ロバート・レッドフォードは、人間的に優しくてインタビューの名手で、メアリーの父親代わりにも思える
この老キャスターの役がぴったりでした。
若いころは超ハンサムだったから、歳とってからの劣化がちょっと悲しくなりますが
(制作側以外で)俳優としてもものすごく活躍していますよね。
本作に近い政治家のスキャンダルものだと「大統領の陰謀」が有名ですけど、
最近では「ランナウエイ 逃亡者」とか「オール・イズ・ロスト」とか、めちゃくちゃ体を張ったりもしてます。

ケイト・ブランシェットの役はたいてい嫌味で高飛車で、でもかっこいい女性の役。
メアリーもそれに近いですけど、プライベートな家庭人としての彼女のシーンが多く
弱い女性の一面もあったりして・・・

冒頭に登場した時、メアリーは弁護士との待ち時間に編み物をしていました。
私も昔、信号待ちでも耐え切れずにバッグから毛糸だして編んでたくらいなので
彼女の気持ちがよくわかります。
「寸暇を惜しんで編む」というのは女子力アピールなんかではなく、
ただただせっかちで、時間にケチだから、じっと両手を揃えて待ってることができないのですよ。
もう最初のシーンからメアリーへの共感度がマックスになってしまいました。

2004年以降、報道の仕事をまったくしていないというメアリー・メイプス。
彼女には養うべき家族もいるから、なにかしら働いてたとは思うんですが・・・
とりあえず、本作の原作本は彼女が書いてるので、映画関連でベストセラーになったらいいですね。

この映画がメジャー公開されることで、ねつ造疑惑が少しは晴れるのかもしれませんが、
本人の言い分を映像化しただけともいわれそうです。
ともかく、「立場が変わればここまで真実が揺らぐことの恐ろしさ」に愕然とします。
表現のしかたで受け取られる印象はまったく違ってしまうから、
報道番組を作る側も見る側も、しっかり考えましょう・・・ってことですね。

原作はもう発売されているようなので、ぜひ読んでおきたいです。