映画「恋人たち」 平成27年11月14日公開 ★★★★☆


橋梁点検の仕事をしているアツシ(篠原篤)には、愛する妻を通り魔殺人事件で亡くしたつらい過去があった。
自分に関心がない夫と考え方が違う姑と生活している瞳子(成嶋瞳子)は、
パートの取引先の男と親しくなったことから平凡な日常が変わっていく。
エリート弁護士の四ノ宮(池田良)は友人にひそかな思いを寄せていたが、
ある日、誤解が生じてしまい……。                     (シネマ・トゥデイ)

今年は邦画にあまりみるものがなかったのですが、どうもこの映画はスゴイらしい・・・と聞いて、
先週チケット予約したのに腰痛で行けず、ようやくテアトル新宿で観賞。

ほとんど情報なしで観たのですが、まあ何とも私好みのスゴイ映画でした。
タイトルからロマンチックなラブストーリーを期待して行った人には「残念でした」といいたい。
シネコンではなくテアトル新宿とキネカ大森だけ、というのは正解ですね。
こういうところは、そういう「うっかりさん」は皆無のはずですから。

①冒頭、ひとりの男が婚姻届を書いた日のことを九州訛りでぽつぽつと語りはじめます。
「あいつがタバコが嫌いだから、結婚を機に禁煙すると宣言した」
「あいつが風呂に入っていたとき、無意識にタバコに火をつけてしまった」
「風呂からあがってきたあいつに、臭いで速攻バレてしまった」
「怒られるかと思ったら[これから少しずつやめられるといいね]と静かに
いわれた」
[結婚するのってそういうことか、いいなって思った」

②次は雅子さま追っかけのときに写したビデオをタバコ吸いながら悦に入ってみてる主婦。
(下流のシンボルとして喫煙が描かれることが本当に多くなりました)
古い家で夫と姑と暮らし、家事をちゃんとこなしている割には部屋のなかはゴミゴミと汚らしい。
夫とは最低限のコミュニケーションしかない寒々とした関係なのに、なぜか夜の営みだけは健在。

③企業相手の弁護をやっている男は、たまに受ける個人の相談事をぼんやり聞いている。
結婚相手がブラッキー(部落出身ということ?)を隠してたと激怒する女子アナの相談者に
気のないあいづちをうっている。

冒頭から場面が頻繁にスイッチし、3人の男女の置かれている状況が少しずつあきらかになり、
それぞれは小さな関連をもっていて、まるで小さなピースをはめていくことて
大きなパズルを組み立てているような気分になります。
それも計算されつくした設定というわけでもなく、私たちの日常を切り取ったかのようなリアリティ。

① シノヅカアツシは橋梁の破損部分を打音検査で発見する検査技師。
人並み優れた耳をもった彼は同僚からも一目おかれているのですが、人づきあいが悪く、ひたすら暗い!
実は彼の妻(冒頭で少しずつ禁煙しようといってくれた女性)は通り魔殺人の被害者で
数年たっても、彼は妻を失ったショックからまだ立ち直れず、金もなく、
保険料金未払いを医者にとがめられて、ぶつぶつ怒りながら帰り、
役所にいって1万円払うと「滞納分が多いから次の支払いを約束して欲しい」と
1週間分だけの保険証をくれたことに、ここでもまたブチ切れます。

「通り魔殺人の被害者の家族」という、絵にかいたような不運な設定ですが、
見れば見るほどアツシには同情できなくなってきます。
冒頭の話も、なんかほのぼのいい話に聞こえますけど、その状況でタバコって、ありえなくない?
そのあと禁煙にチャレンジしたかはわからないけれど、
ともかく今の彼はヘビースモーカーで、亡き妻との約束も破っているわけです。
金がないから保険料払えない、妻を殺された身になってみろ!と窓口で逆切れするのも
(たしかに医者や役人の上から目線はいらっとするけど)私には全然共感できません。
「メシ食う金もなくて毎日ふえるわかめちゃん」といっても、そんな太った体では説得力ありませんから。

しかも彼の働く「橋梁点検(株)太陽」では、みんながアツシの能力を評価してくれてるし、
親身になって心配してくれる先輩や、
「うちのママがうちに来て一緒にテレビ見よ!っていってるよ」と声掛けしてくれる同僚の女性も・・
そんな温かい職場なのに、5年たっても不幸面している男です。
「犯人を殺してやる」と叫んではものにあたり、
まわりをどんよりさせるだけじゃなくて、犯罪者予備軍になりかねない様子。
お金がないといいながら大枚はたいて覚せい剤を手に入れようとしたり、
自殺しようとしても手首を切る勇気もない。

大きな画面でみると苛立たしいですが、自分のなかにもきっとアツシ的な部分がありそうで
ドキッとさせられました。

②のヒロイン高橋瞳子は、さえない中年主婦でまさに私と同じなんですが、これがまた
大きな画面で絶対にみたくないようなカッコ悪さです。
弁当屋のパートで働き、楽しみは雅子さまの追っかけビデオをタバコ吸いながら何回も観ること。
子どもはなく、会話のない夫(リリー・フランキー)とラップを何度も使いまわすような姑との3人暮らし。
お顔はオアシズ大久保似の、まあブスなんですど、映画に出ない一般主婦の平均ともいえます。

ある日、パート先の取引業者の吉田(光石研)と意気投合して、一線を超えてしまい
金を要求されたり完全に詐欺にあってるのに、
本人は王子様に出会ったかのようにときめき、平凡な日常が刺激的なものへと・・・
吉田にはさらに悪質な詐欺師の妻(安藤玉恵)がいて、瞳子はここでも騙されて
インチキの「美女水」のペットボトルを大量買いしてしまいます。

瞳子はなんにも悪くないんですけど、他人の目から見ると、
ブスのオバサンがどんよりしててもイヤだし、
恋していきなりおしゃれに目覚めても、これはこれで痛すぎる・・・・
ああ、これも観ていてつらいものがありました。


瞳子は吉田に出会ってから、昔書いていたイラストや小説を再開させるのですが
ロビーにはその実物が展示されていました。
瞳子役の女優さんが本当に趣味で書いていたもののようです。

③の弁護士、四ノ宮は、その後階段から落ちて入院するのですが、
実は彼はゲイで、パートナーの年下の若者と同居してることがわかります。
四ノ宮のパートは、前の二人と違ってセレブなので絵的にはきれい。
身体には贅肉もないし、マンションの部屋もひろくすっきり片づいてホッとします。
ただ、性格は一番問題あり。
完璧主義者ですべて自分の思い通りにならなければ気が済まない。
パートナーに対しても愛よりも支配欲が先行します。
彼が生涯で一番好きだった幼なじみの聡への愛を封印して友人を装っていたのに
彼からのある誤解で、四ノ宮は動転してしまいます・・・・

①と②はけっこうありきたりな設定なのに対して、③のゲイ描写は新鮮!
と思ったんですが、昨日の日経の夕刊(こころの玉手箱)をみて謎が解けました。
橋口監督はゲイをカムアウトした映画監督だったのですね。

この映画、下流中年の性描写や放尿シーンなど、みたくもない汚い絵が多くて
けっして一般向けではないのですが、
黄色いチューリップとか澄み渡った青空とか、きれいな絵がすごく心に残ります。
なかでもアツシの先輩黒田のやさしい言葉が心を温めてくれます。
「腹いっぱい食べて笑っていればなんとかなる」
「殺しちゃうとこうやって話せないじゃん。
あなたともっと話したいから殺しちゃダメ」

文字にすると陳腐ですが、苦労を乗り越えてきた「片腕の元左翼」黒田に言われると
じんわりと心が解けていくようです。


↑左下の色紙はジブリの鈴木敏夫氏によるものですが
「世の中には いい馬鹿と 悪い馬鹿と 質の悪い馬鹿がいる
(あなたはいい馬鹿だよ)」
という黒田のセリフもありました。

②の瞳子の夫、高橋も①のアツシの知り合いで、心神喪失で無罪になった通り魔の犯人を
民事で訴えるのに③の四ノ宮を紹介していたんでしたが、
口先ばかりで誠意のない高橋(リリーフランキ)は本作では黒田の引き立て役みたいな役回りです。
ほかにも、②の美女水を①のアツシの同僚が騙されて買ってきたりの接点はあるのですが、
最後に吉田妻が皇室を語った詐欺(実際にありました)を働くのですが、
夫役に選んだのは夫の吉田ではなく、報道では「田中聡」とありました。
写真が小さくてはっきりしなかったんですが、これが③の「聡」だったら、けっこうな偶然ですね~

ラストシーンは、隅田川の舟の上から街をみあげたところ。
けっしてハッピーエンドではないんですが、かすかな希望のあかりが見えたような気がしました。