映画「エール!」 平成27年10月31日公開 ★★★★★


フランスの片田舎の農家であるベリエ家は、
高校生の長女ポーラ(ルアンヌ・エメラ)以外、全員が聴覚障害者。
ある日音楽教師トマソン(エリック・エルモスニーノ)に歌の才能を認められ、
パリの音楽学校で行われるオーディションを勧められたポーラは喜ぶものの、
歌声を聴けない家族から反対される。
家族のコミュニケーションに欠かせないポーラは、考えた揚げ句……。(シネマ・トゥデイ)

自分以外は両親も弟も聴覚障碍者、という家庭で育ったポーラ。
ベリエ家は酪農家なので、学校に行きながらも、電話での売り買いの注文や、商売相手との手話通訳など
ポーラがいなければ家の商売はなりたたないので、友達と遊ぶ気持ちをおさえてでも
さっさと家に帰る生活をずっと続けていました。

マルガリータで乾杯を!」のライラは家族に支えられて学校にいっていましたが、それとは真逆ですね。
ただポーラの家にはろうあ者ゆえの悲壮感は全くなくて、むしろ耳の聞こえるポーラの方がマイノリティですから
家庭生活は「耳が聞こえない」のが前提。

「音のない世界に住む人たち」は静寂のなかで生活してると思ったら大間違いで、
自分に聞こえないものから、お鍋をかき混ぜるのも歩く音もなんでもうるさいったらないです。
ポーラの友達が遊びに来ているというのに、両親が隣の部屋のベッドの中で
獣のような叫び声で愛し合ってるのにはまいりました。

ポーラの父は、なんでも金で買収しようとする村長が大っ嫌いで、
食品工場を誘致して雇用を促進しようという案にも大反対。
農地も森も奪われてしまう!と危機を感じたパパは、なんと自ら村長に立候補します。
心配する周りの人たちをよそに
「オバマが大統領になれたのだから、耳がきこえなくても村長なんか、できるさ」と。


ポーラの学校では、所属するクラブ活動を決めなくてはいけないのですが、
「楽そうなのと、ちょっと気になってたガブリエルが入部する」という不純な動機で、合唱部にはいります。
パート分けでもポーラは全くやる気を示さず、そもそも歌なんてなんにも興味がなかったんですが
いざ声をだすと、ポーラの「黄金の声」にみんな驚きます。まさに神様からのギフト!
音楽の先生は目を輝かせて「君には才能がある。オーディションをうけるべきだ」と。

そして音楽教師の家での個人レッスンがはじまりますが、ポーラの両親は大反対。
家のことを手伝ってほしいこともありますが、自分たちが全く理解しえない「音」の世界に
愛する娘が行ってしまうのが寂しかったのでしょうか。
そもそも、ベリエ家には「歌」と言うもの自体存在しなかったのですから。

合唱部の発表会の日、ポーラの両親も連れだってやってくるのですが、
みんながしーんと集中して聴く中、自分たちは聞こえないものだから、だんだん飽きちゃいます。
ところが、最後のポーラとガブリエルのデュオで会場の空気が一変するのを彼らもしっかり感じ取ります。
この部分。
スクリーンからは、彼らの歌声は聞こえず、聾唖の人に聞こえる音声が流れるのです。
くぐもったもわもわ音のむこうにかすかに聞こえる気がするメロディ、それにつづく会場の大歓声の振動・・・
そして両親も圧倒的な歌に魅了された会場のなかのひとりとして、みんなと感動を共有するのです。

家族のことは心配だけれど、パリに行って自分の夢をかなえたいポーラ。
さて、彼女はどうやって両親を説得できるか??

ストーリーはかなりベタな展開なのに、なんで★を5つもつけてしまったか?
それはただただ「歌のちから」です。

ポーラを演じる18歳の新星ルアンヌ・エメラののびやかで力強い歌声もですが、
音楽教師が選んだ曲が、フランス音楽界の大御所ミシェル・サルドゥだったのが
意外なほどぴったりでした。

彼の曲はジャンルとしてはフレンチポップスになるんでしょうが、
きらきらと軽快なフランス・ギャルやダニエル・ビダルみたいなのとはちょっとちがって
明るいけれどしみじみ心に沁みる歌で、私はすっかり虜になってしまいました。

合唱バージョンで歌われる「恋のやまい」は私も聴いたことある曲だったのに
家にかえってCDを検索したら、Amazonでも、試聴も購入も不可。
「フレンチポップス大全集」みたいなオムニバスには入っていたりするんですが・・・

レコードまで広げると、文京区小石川図書館でLPを3枚借りられました。
(ここの図書館のレコードの在庫はほんとうにすごいです)

夫によれば、映画のなかの音楽教師の自宅の棚にこのLPもあったそうです。
それにしても、なぜこんな大スターのCDがかんたんに手に入らないのか?
すごく不思議です。

そして、なんでこんなマイナーなはずの曲を自分が知っているか?
この疑問も解けました。
昔ジュリー(沢田研二)が「愛の出帆」というタイトルで歌っていたから、
きっと子どもの頃聴いて覚えていたのでしょう。

動画は→ こちら

これもいい歌ですが、予告編などに使われているのは「青春の翼」のほう。
オーディションの場面で声の聞こえない両親に向かって、手話を交えて一生懸命伝えようとする
ポーラの姿を見て感動しない人はいないと思います。
動画は→ こちら
歌詞の内容も、ポーラの想いにちゃんとリンクしていますしね。

ポーラ役のルアンヌの声は「黄金の声」ということになっていますが、
どちらかというと粗削りな素人っぽい歌い方です。
(鼻にぬけるフランス語では、巻き舌全開のイタリア語のようには歌い上げられないし・・)
でも、高音がきれいに響く、とか楽譜どおりに正確に歌える、とかでは人の心は動かせません。
どうしても伝えたい思いが歌という翼を得て人々に感動を与えるのですね。
ルアンヌのちょっと太目で親しみやすいビジュアルがまたいいんですよ~

とにかくルアンヌは大活躍。
家族の言葉も彼女が代弁しなくてはいけないからせりふの量がとても多いし、それも手話つきで。
手話をマスターして、しかも膨大なせりふ。ソロで歌うシーンも多い・・・本当に頑張りました。

左がサントラ、 右がルアンヌのデビューアルバム。
2枚ともすごくいいです!


脇を固めるキャストも日本ではなじみのない人が多く、
有名なのも、
音楽教師役のエリック・エルモスニーノくらいです。
彼は、「ゲンズブールと女たち」で主役のセルジュ・ゲンスブール役で、あのときもピアノをひいてました。

この程度の映画だと、普通だと東京で2,3館程度の公開になりそうですが、
今回はスクリーン数がとても多いのに驚きました。
プロの批評家よりも、実際に観た人の口コミで広がるタイプの作品で、
フランスではもちろん、6月のフランス映画祭でも大好評だったとか。
顧客満足度が高い、といえば、同じフランス映画の「最強のふたり」がまさにこれ、
日本でも日増しにスクリーン数が増えて、ロングランの大ヒットでした。
これが本作の上映館の多さにつながったのでしょうね。


あっけらかんとした下ネタが多いから、小学生ではちょっと気まずくなるかもしれませんが
ぜひ家族で見て欲しい作品と思います。