映画「フォックスキャッチャー」 平成27年2月14日公開 ★★★★★

大学のレスリングコーチを務めていたオリンピックメダリストのマーク(チャニング・テイタム)は、
給料が払えないと告げられて学校を解雇される。
失意に暮れる中、デュポン財閥の御曹司である大富豪ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から、
ソウルオリンピックに向けたレスリングチーム結成プロジェクトに勧誘される。
同じくメダリストである兄デイヴ(マーク・ラファロ)と共にソウルオリンピックを目指して張り切るが、
次第にデュポンの秘めた狂気を目にするようになる。   (シネマ・トゥデイ)

デイヴとマークのシュルツ兄弟は、日本の伊調姉妹のように、兄弟そろってレスリングの金メダリスト。
さぞや国民的ヒーローと思いきや、しょぼい練習場でコツコツトレーニングし、たまに講演会で日銭稼ぐ程度。
小学校で子ども相手に金メダル見せびらかせて
「金メダルが意味するものは厳しい自己鍛錬ですっ!!」なんて力説しても
子どもたちの食いつきもイマイチで、謝礼金20ドルというのも、いくら30年前でもちょっと悲しすぎ。
兄のデイヴのほうは、口下手で要領の悪い弟にくらべたら、話も達者でコーチ術にも長け、
ちゃんと家族もいて、厳しいながらもそれなりの生活を送っている模様です。

ある日、マークの自宅にジョンEデュポンの代理人を名乗る男から電話があり、ペンシルベニアの自宅に来てほしいと。
そこはデュポン財閥の御曹司ジョンの広大な私有地で、彼はここ、フォックスキャッチャーにシュルツ兄弟を住まわせて
彼らのスポンサーになるというのです。
「ソ連は国を挙げて選手を支援しているのに、アメリカは君たちに栄誉を与えていない」
「私は鳥好きの愛国者だ。国をはばたかせたい」


マークの望みはただただ世界大会で優勝して、次のソウル五輪で金メダルをとることでしたから、
それをサポートしてくれるのは何よりありがたく、豪華な宿舎でしかも年棒2万5000ドルというのですから、
急いで帰って兄にも声をかけるのですが
「今の家族との生活を大事にしたいし、コーチの仕事もある。でもお前にはチャンスだ」と。

兄を連れてこられなかったマークにジョンは不満げでしたが、大富豪に二言はなく、
マークはフォックスキャッチャー(昔ここはキツネ狩りの猟場だったようです)でのトレーニングがスタートしますが、
次第に、ジョンがかなりめんどくさい主人だということがわかってきます。

彼はレスリングの愛好家で自分でも試合に出るものの、初心者レベル。
それでも金メダリストのマークを自ら「指導」したくてたまらないのです。
本音だと、デイヴに事実上のコーチをやらせて、自分がメインコーチになりたかったのかな?

まあ、金払いはめちゃくちゃいいので、気分よくさせて、それなりの報酬をいただこう、というのが
この屋敷にかかわる人たちの共通認識で、彼らはマークにも
「母屋には招かれた時以外出入りしないほうがいい」
「デュポン夫人(ジョンの母)に会ってもそっとしておけ」
「彼女の馬には絶対に触るな」
とかのお約束事を教えてくれます。

大金を自由に操れるジョンですが、母親だけには頭が上がらない、言ってみれば「マザコン男」です。
デュポン夫人は一見穏やかに見えますが、
「馬術は上品で、レスリングは下品」と決めつけているようで、これが親子の最大の亀裂となっています。

ジョンの真意は「国のため」というより、母の前で自分がかっこよくマークに指導してるところを見せて
母親に褒めて欲しいんですよね。
その結果、彼が金メダルとれればサイコー!と思っていたようですが、
練習場に呼び出しても、母はすぐに帰ってしまうので、ジョンは意気消沈、です。

レスリングのほかにも、切手を集めたり、銃を集めたり、野鳥の研究をしたり、趣味は多彩ですが
この辺はお金があればどうにでもなるものです。
いきなりM113型の装甲車を買って届けさせたら、思ってたのとイメージ違って
「キャリバー50(50口径の機関銃)がついてないなんて話にならない」とへそを曲げたり・・・
この辺、レスリングとは全く無関係なので、多分ホントのエピソードなんでしょうね。

もうひとつ、記憶に残るエピソードがあって、(それは事実かはわからないですが)
「子どもの時、運転手の息子と仲が良くて、たったひとりの親友だったんだけど
ある日、母がそいつに金をやっているのを見た。
彼は雇われた親友だったんだ」

とジョンがマークに語るところ。
ジョンは幼い時から今に至るまで、ずっと母に支配されてきて、ピントはずれな反抗をしつつ
大人になってきたのでしょう。
「母の嫌いなレスリングを愛する」というのもその一つです。

レスリング生身の人間が試合をするわけで、そこは切手や武器を集めるのとはわけが違いますが、
ただ、力のある選手に投資して、勝たせて、金メダルを取った選手をほめる、というのは出来ます。
「フォックスキャッチャー」でも人間は犬をけしかけてキツネを追い込み、獲物をしとめた犬をほめてやるわけで・・・
なんか似ていますね。

ところで、ジョンには妻も子どももいず、「金で女性を自由にする」ということはどうもしてないようで、
そうするとひょっとして??と思ってしまいますが、
なんか(直接的ではなかったけれど)その辺を臭わすシーンありましたね。
オリンピック級の試合ではみんな運動能力高くて、スピード感もあり、華麗な技をかけたりしますが
ジョンがスポンサーの「西部シニアフリースタイル大会」のような下手くそな素人の試合では、
モタモタとバックを取り合ってるところとか、何だか「変なプレイ」のようで、ちょっと笑ってしまいました。
もしかしたら、ジョンはこの微妙な卑猥さがお好みだったのかもね。
ジョンはこのシニアの大会で優勝します。
スポンサーですから、まわりが気を遣ったか、金を渡したか、なんでしょうけど、
ジョンは自分の実力だと思って大喜びして、母にメダルを見せるも、褒めてもらえず、またションボリです。

マークのほうはフランスでの世界大会に出場。
たまたま来ていた兄のデイヴがコーナーに入ってくれてアドバイスしてくれたこともあり見事優勝!
ジョンは超ゴキゲンで、臨時ボーナスの1万ドルの小切手を気前よく切ります。

ジョンはマークの金メダルには兄の存在が欠かせないと思ったのか、
あれだけ拒否していたデイヴを家族ごとフォックスキャッチャーに呼び寄せることに成功します。
どう説得したのか、どれだけお金を積んだのかは不明ですが、
ともかくこれを知ったマークはふてくされてしまいます。

彼もまた兄から自立して自分の力だけで勝ちたかったのに、やっぱり兄なしではダメだとおもわれてるのがショックなのと
「兄は金では動きません!」とジョンに宣言していたのに、
金の力に負けてしまった兄に失望し、なんでも思い通りに人を動かすジョンにも腹をたてていたのかも。

1988年のオリンピック予選の時のマークの体調は最悪。
初戦をあっさり負け、もう後がないのに、ホテルの部屋でイラつくあまり、鏡に頭突きして負傷し、
ヤケ酒、やけ食いをしてとてつもない体重オーバー。
とても戦える状態でないマークをデイヴが発見し、トイレで吐かせたものの
試合時間90分前に5,4kgオーバー!(←これはさすがに字幕ミスのようです)
それでもデイヴは「大丈夫だ、オレがついてる」といって、必死に絞らせて、ぎりぎり計量オッケー!
なんとか予選を勝ち抜きます。
もう、ほんとにこんなお兄ちゃん欲しいですよっ

やがてジョンの母が急死し、自由になったジョンはフォックスキャッチャーをレスリングの公式練習場とし
レスリング協会にも多額の寄付を申し出ます。
全米から有望な選手がたくさん集まり、デイヴの指導も冴えて、練習場はにわかに活気づきます。
たぶんほかの選手たちの練習環境も恵まれていなかったでしょうし、こういう支援こそ、ジョンがするべきこと。
偉いぞ!と私も思ったんですが、
そうすると登場するのが、彼をひたすら称賛するドキュメンタリー番組。

その撮影のなかで、デイヴは、ジョンに対する思いを語れ、と言われます。
「いい環境を作って選手たちが試合に集中できるよう手を貸してくれている」
という正直なコメントにはOKが出ず、
「指導者としてのジョンの素晴らしさをカメラをまっすぐ見て、自分の言葉で語れ」といわれ、結局
「ジョンは私の人生の師です」なんて心にもないことを無理やり言わされます。
こういうのって、ジョンが自ら強要しているわけではなく、
ビデオの製作者たちがジョンを喜ばせようと思ってやっていることなんですよ。

ジョンは、マークにコカイン吸わせたり、酒浸りにさせたり、言ってることとやってることがブレブレで
ホントにバカ野郎なんですが、彼の愚かさは生来のものではなく、ヘンにお金もってることが
彼をさらにダメにしていくのが皮肉ですね。

1988年ソウルオリンピック本番。
マークは初戦で敗退し、屋敷を去ります。
そして8年後、ずっとフォックスキャッチャーでコーチを続けていたデイヴに、ジョンは三発の銃弾を撃ち込むのです!

なんで?
オリンピックのあとのことは映画では省略されていたので、理由は想像するしかないですが
「日曜日は家族サービスの日」と自分の家族を一番に考える、デイヴの普通さが我慢ならなかったのか?
時間をかけてさらに精神が病んでいったのでしょうか?

逮捕されたジョンは、充分心神喪失で裁判に勝てそうだし、お金の力でどうにもなりそうですが
どうやら今回ばかりはそうはいかず、長い懲役刑が課せられて、獄中死したそうな。

エンドロールによれば、デイヴはレスリング殿堂入りして、マークは総合格闘技の選手になったそうです。

ラストの射殺事件のために、アメリカではかなり有名な話(私は知らなかった)のようですが、
この結末がなくても、「支援者」が「支配者」になっていく恐怖、御屋敷の中の不穏な空気感、
三人(+デュポン夫人)の微妙な関係のバランス・・・もうドラマとして秀逸でした。

ずっしり重い球を受け止めてしまったような衝撃です。
この作品を見た人は、なんとか自分のなかで消化して、自分の言葉でどこかへ投げ返さなければいられないような・・・・

演出もよかったですけど、キャストがまたスゴイ!
オスカー主演男優賞ノミネートのスティーヴ・カレルは、今までのおバカ映画は何だったの?
と思うほどのシリアスさ。
 

デイヴのマーク・ラファロも助演賞にノミネートされてますけど、
一番頑張ったのは、マークのチャニング・テイタムですよね。
チャニングのあの超絶セクシーな肉体は、今回はアスリート仕様で、セクシーさ封印。
ゴリラのような歩き方、寝技でつぶれた耳、受け口で不器用そうな物腰・・・・
まさにリアルな重量級の格闘家でした。俳優はスゴイ!

ところで、レスリングは、オリンピック種目から一時外されそうになり、なんとか復活しましたね。
(個人的には野球が復活してほしかったんですけど・・・)
レスリングは比較的番狂わせが少ない競技、というイメージだったんですが、
一瞬で勝負が決まる、緊張感半端ない競技なんですね。
(テニスのようにプレイヤーがひとりで孤独に戦うのに対して)
コーナーに入ったコーチとの力が大きいことも初めて知りました。

1884年、ロスアンゼルスオリンピックといえば、柔道の山下や斉藤が活躍し、男子体操も頑張りました。
たしか、メガネの太田先生が重量級で銀メダルをとっていたので、
「ひょっとしてこの時の金メダルがマークだった???」と最初からずっと気になっていたんですが、
帰ってきて当時の新聞の縮刷版をみて判明しました。

 
 
 兄のデイヴが74kg級で、弟のマークが82kg級で金メダルを獲っていて、太田選手は90kg級でした。
マークは決勝で日本の長島選手に勝っているので、長島選手で探したら、マーク・シュルツの情報にヒットするかもしれません。
左が本物のマーク・シュルツです。

 


新聞(朝日新聞1984年8月)には外国人は苗字だけしか出ていないから、
74kgと82kgの優勝者が同じに見えて、
「お前何キロなんだ!」と突っ込みそうになりますね。