映画「アルゲリッチ、私こそ音楽」 平成26年9月27日公開 ★★★★☆

 1941年、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに生まれたマルタ・アルゲリッチは、
幼いころからすでに音楽家としての頭角を現す。
ペロン大統領のはからいにより奨学金をもらい、12歳でウィーン留学した彼女は
16歳で二つのコンクールで優勝する。
その後、24歳でワルシャワのショパン国際ピアノコンクールで優勝し、
世界各地で人々を魅了し続けている。                  (シネマ・トゥデイ)


まえに「ピアノ・マニア」という、世界一のピアノ調律師の映画を観たときに
一流のピアニストはなんてめんどくさい種族なんだ!と思いましたし、
グレングールド天才ピアニストの愛と孤独」でも、常人とはかけはなれたエキセントリックな人生に驚きました。
アルゲリッチも、予告編ではキュートな笑顔をふりまく可愛い母でしたが、
コンサートをドタキャンしたり、取材に応じなかったり、けっこう扱いづらい人物のようです。

アルゲリッチには三人の娘がおり、この映画は末っ子のステファニー・アルゲリッチによるもの。
それだけはわかってみていたのですが、時系列でなく、わりと頻繁にシーンも変わるから、そこそこ混乱します。

冒頭は長女リダの出産に立ち会う母アルゲリッチの姿で、たぶん10年以上前のプライベートビデオ。
私は常に年齢計算しながら観る「悪い癖」があるので
これをアルゲリッチの白髪から「ごく最近のできごと」と勘違いすると、いろいろ計算があわなくなってきます。

次は「私」(三女ステファニー)と父スティーヴン・コヴァセヴィチとのシーン。
彼はクロアチア人の父の姓を受け継いでいますが、ロンドン在住のアメリカ人。
なので、娘とも英語で話していました。
スティーヴンはベートーベンをこよなく愛するピアニストで、母ほど高名ではありませんが、
8年かけてベートーベンのソナタ全曲を録音するような鍛錬の人。
母アルゲリッチとの結婚生活は短く、彼もまた3回結婚して4人の子どもがいるとか。
ステファニーとの親子関係は良好で、いかにも楽しそうな父娘なんですが、
ある日戸籍の父の欄が空欄になっているのに気づいた彼女が父に認知を頼みます。
(もう成人しているから何の義務も発生しないのに)なんだかめんどくさがって乗り気でない父。
アーティストの人たちって、戸籍とかに無頓着の人種なんでしょうか?

彼女は父親違いの姉アニーと同様、離婚後母に引き取られ、演奏旅行に同行しながら育ちます。
ちなみに、アニーの父は高名な指揮者シャルル・デュトワ。彼もまた4回の結婚歴をもちます。

世界を旅する不規則な生活は、子どもが育つのにはいい環境とも思えず、
群がるファンに献身する母の姿も、子ども心には悲しく映っていたとか。

でも大人になって、母は常人の手の届かないところにいるスーパーナチュラルの存在で
「私は女神の娘だったんだ!」と。

長じてからさらに上に姉がいることを聞かされるのですが、
これが中国人指揮者ロバート・チェンとの間に生まれたリダ。
あることから母が親権を失ったためにリダは父のもとで(実際は養育院や養父母の元を転々として)
育てられ、アルゲリッチの娘であることすら本人は知らなかったとか。

母の元でそだったふたりも、音楽教育も受けることなく、学校も行けとはいわれず、
ピアノの下の母の足を見てたことしか思えてないような少女時代だったんだけど、
プロの演奏家にはならなかったものの、一流のライターや映像作家に成長しています。
リダはビオラの演奏家となって母と共演することも。

教育にはまったくの無頓着で世界中を連れまわしただけのように見えますけど、
結局子育てには成功しているんですね。
3人とも、母と同じく何か国語もしゃべれる立派な国際人になっています。

↑の画像は60歳の時のアルゲリッチと娘たち。
左から、①ステファニー・アルゲリッチ②マルタ・アルゲリッチ③アニー・デュトワ④リダ・チェン

この頃の母は白い髪といい感じにふっくらした身体。
ほんとにどこにでもいるような初老の母親で、娘がビデオカメラでアップで撮り続けても
嫌な顔しない、理想的な被写体です。
マスコミ嫌いで、エキセントリックな扱いづらい芸術家、なんてとても思えません。
まさに実の娘だからこそとれた、素顔のプライベート映像がたくさんあります。

タイトルからは、彼女の人並み外れた演奏技術や芸術性に迫る映画だと思ってしまいますが
実際はそれほど演奏シーンはなく、音楽もフルバージョンでは演奏されません。
でも、そういうのはCDやDVDで観ればいいことで、
それよりも、演奏前にバッグをごそごそやってバナナ見つけて食べてるところとか
音楽総監督をつとめる別府での「アルゲリッチ音楽祭」で
出番ぎりぎりまで「弾きたくな~い!」とゴネる姿とか、そういうのが見られるのはここだけ。

彼女の一番好きな音楽家はシューマンだとか。
「なぜ?」と聞かれて、とまどいながら言葉をさがすものの、
「音楽はことばで説明できるものじゃない」
「心で感じるのよ」
「演奏は老いるけれど、音楽との関係はいつも新鮮」
「それは愛と同じね」
といった言葉がとても心に残っています。