映画「チョコレートドーナツ」平成26年4月19日公開 ★★★★★

 
1979年カリフォルニア、歌手を目指しているショーダンサーのルディ(アラン・カミング)と
弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)はゲイカップル。
母親に見捨てられたダウン症の少年マルコ(アイザック・レイヴァ)と出会った二人は彼を保護し、
一緒に暮らすうちに家族のような愛情が芽生えていく。
しかし、ルディとポールがゲイカップルだということで法律と世間の偏見に阻まれ、
マルコと引き離されてしまう。                                   (シネマ・トゥデイ)

「チョコレートドーナツ」に大行列!
なんていうと、また新しいスイーツ店が日本初上陸?なんて思いますけど、
そうではなくて、銀座シネスイッチが朝から晩まで大変なことになっています。 
晴海通りまでつづく大行列に、当然すべての回が満席で立ち見も。
何と初日2日間の興行収入、あの小さいホールで408万5600円という景気のいい数字。
ここはかなりアナログな映画館で、全席入れ替えの指定席制にしたのもごく最近のことで、
今でもネットでは予約できず、窓口販売のみ。今ではめずらしい立ち見もあります。
・・・・というかなり「昔ながらの」映画館。
だから最近では(「クロワッサンで朝食を」もでしたが)混雑すると大行列で目立つんですね。
とにかく、銀座テアトルや銀座シネパトスが閉館して、この地区最後の映画館ですから
つぶれないで頑張って欲しいものです。

行列してようやく見られた作品が必ずしも良作とも限らないのですが、本作はよかったですよ!

あんまり大きな賞はとっていないようですが、各国の「観客賞」は総ナメ。
観客賞とる作品って、気持ちよく泣けたり、どんでん返しのハッピーエンドだったり
とにかくすっきり感がメインなことが多いのですが
どうやらこの作品はそうでもないようです。

オープニングは人形を抱いたダウン症の少年の後姿。
ウエストハリウッド1979年、 の字幕
場面変わってゲイバーのステージで華やかに踊るルディー

 
 
酔っ払ってたら、けっこう綺麗に見えるかもしれませんが、
冷静に見ると明らかに女装した毛深いオッサンが口パクで歌っています。

彼を客席でじっと見つめるスーツ姿のハンサムな男性。
これが地方検事局で働く弁護士のポールで、かれはカムアウトしてないゲイでした。
ふたりは意気投合してつきあうようになります。

ルディーのとなりの部屋には大音量で音楽をかける薬物中毒の女が住んでいて、
一人息子のダウン症のマルコはいつもほったらかし。
ルディは母の帰りを待ち続けるマルコを見過ごしにできず、ポールの職場に相談に行くのですが
当然、「クロゼット」と呼ばれる隠れゲイのポールにしては迷惑千万。
彼は仕事のできる有能な弁護士のようで、彼を慕う美人秘書なんかもいるのですが、
ポールの本心はルディーが大事のようで、彼が合法的にマルコと生活できるようアドバイスをします。

マルコの母親は薬物所持で逮捕され、残されたマルコは家庭局の管理下になるんですが、
ルディーが彼の「親」となるには
①刑務所の母の合意をとりつける
②安全な環境とマルコの寝室を確保すること
ルディーのぼろい部屋では②が満たされないので
なんと、ポールは自分の家で一緒に生活することを申し出ます。

「この人、自覚ないんだけど、私にぞっこんなの」
というルディーのことばもまんざらでたらめじゃありませんでした。

こうして弁護士とドラァグ-クイーンと障害児の奇妙な同居生活がはじまるのですが
一緒に食事をし学校へ送り迎えし寝る前にはお話を聞かせる愛に満ちた毎日。
マルコの学力も日増しに向上するのですが
「たったひとりの誤った人が(二人の関係を)知れば、たちどころに窮地に陥る」
という学校の先生の心配通り、「いとこ」といっていた二人がゲイカップルであることがバレ
マルコは児童保護施設に逆戻り。

それでもなんとかマルコを取り戻したくて、ポールは法律の専門知識を駆使して
裁判にもちこむのですが
「マルコに対する愛情は明白だが、普通と違う親の生き方は子どもに混乱を与える」
という冷たい判決。
さらに服役されていた母親もルディへの合意書を破棄する条件で早期に出所が決まり
マルコはもとの薬物中毒の母親へと戻されてしまいます。

大音響の音楽をかけて薬とセックスにはまって育児を放棄している母の元にいるのと
血のつながりはないが愛情あふれるゲイの里親に育てられるのと
どちらかがいいかは明白なのですが、マルコ本人の思いとはうらはらに
法律上は前者が優先され、育児放棄がひどいと認められた場合も
マルコに残されるのは施設送りの道のみ。


ポールもこの一件でゲイであることが職場に知れて、大事な職と地位を失います。
「偽りの人生を捨てて本当の自分になるチャンスよ」
なんて、ルディはいうのですが、現実はそんな甘いものじゃありません、
一方ルディはゲイバーの口パクのダンサーから、女装しないで自分の言葉で歌うシンガーへと転身。
この映画79年当時のヒット曲がたくさん登場しますが
後半はアラン・カミングが吹き替えなしで歌っています、
これがすばらしく心に響くのですね。
サントラ買いたくなりました~


ところで、70年代ロスの同性愛者の映画といえばジョーン・ペンが主演の「ミルク」がありますが、
これはゲイをカムアウトして公職についた初の政治家ハーヴェイ・ミルクの実話で
79年と言えば、彼が公職について、射殺された直後なんですね。
この時代のロスではセクシャルマイノリティはもっと受け入れられたのかと思っていたら
彼の功績は隠れゲイたちをクロゼットから出して団結させて権利団体を作ったところまでで、
ストレートの人たちの意識を変えるところまではいってなかったんでした。


ハーヴェイ・ミルクは70年代後半の「ゲイの権利活動家」だったので
映画「ミルク」の中にはセクシャルマイノリティに不利な法律や条例がたくさん出てきて
それらはあまりに差別的だから撤廃したほうがいいよね、とは観てて思うんですが
同性愛者の彼らひとりひとりにすごく共感できるかといえばそうでもない

頭では理解できても感情的な部分が伴わないのですが
この映画では、最初は毛深いオッサンだと思っていたルディが
だんだん愛情あふれる下町のオバチャンに見えてきて、もう男か女かなんて関係なくなる。
マルコに対する気もちは本物で、血のつながりももう関係なくなる。
私たちがマルコを観る目も、最初は障害を持った「気の毒な少年」から、
だんだん可愛くていとしくてたまらなくなってきます。
「チョコレートドーナツ」は彼の大好物で、その幸せそうな顏ったらないです。
身体にはあんまりよくないかもしれないけれど・・・


ダウン症は改善することはなく、彼はずっとあのまま」
「進学も就職も望めない」
「太って背の低いダウン症は誰も養子にしたがらない」

チョコレートドーナツの甘さとはうらはらにそんなシビアな現実も示されます。
視力障害、甲状腺疾患、白血病(たしか字幕にはそうあったような)・・
彼らは知的障害以外にも身体的にもいろいろ不都合な合併症をかかえて生まれてくるようです。
そして一番頼るべき実の親が薬物中毒の育児放棄という不幸。


「ダウン症も母の薬物依存症もあのこの望んだことじゃない」
なのに手を差し伸べようとしたのがゲイだったということだけで拒否される、さらなる不幸。
当時の近代的とも思える福祉制度や法律が逆に彼を不幸に追い込んでいるのが皮肉です。


「ミルク」と違うのは当時のゲイや障害児のことを心情的に訴えかけ、
法律の専門家のポールの登場でとても理論的でもあります。
よくできた脚本と思ったら、実話と聞いてさらに驚きました。

結末は(あんまり書きたくないですが)かなり悲しいです。

「チョコレートドーナツとディスコダンスと寝る前のハッピーエンドのお話の好きだった
心の優しいマルコ」

最初のあのシーンが実は結末へつながると気づいて愕然となるんですが、
彼を思ってこの話を誰もがハッピーエンドに書き換えようとするんですね。
世の中のすべての人の人生がハッピーエンドであることを願いつつ・・・・


この映画、ひとことでいうと「ゲイのカップルが障害児を育てる話」なので
ゲイは断固拒否!という人はスルーすると思うんですが
むしろそういう人こそに見て欲しいなぁ~
(セックスシーンはほとんどないのでご安心を・・)

私は今回「LGBT」という言葉を始めて知ったのですが
L → レズビアン
G → ゲイ
B → バイセクシャル
T → トランスジェンダー
と4種のセクシャルマイノリティを含めた言葉のようです。覚えておきます。

この映画、銀座シネスイッチでの大ヒットを受けて、これから拡大するようで
近くのシネコンで見られるかもしれません。おススメです。