映画 「孤高のメス」 平成22年6月5日公開予定  ★★★★☆
原作本 「孤高のメス」 大鐘稔彦 幻冬舎 ほか


読んで♪観て♪


1989年、ある地方都市。市民病院に赴任した外科医の当麻(堤真一)は
病院の体制に不満を感じながらも、次々と困難なオペに取り組み、
医師としてやるべき仕事にまい進していく。
しかしそんな中、病に倒れた市長のために、
違法となっている肝臓移植手術を施すべきか否かの選択を迫られ……。
                        (シネマトゥデイ)

「白い巨塔」の田宮二郎を思わせるような眼光するどい宣材写真、
「孤高」を冠したタイトル、
ものすごく長編の原作本・・・

暗くて重い映画を覚悟していったのですが、
意外とシンプルなストーリーで、命の価値について
じっくり考えさせられる良作でした。

脳死患者からの臓器移植の法制定が1997年ですから、
脳死が人の死とみとめられていなかった80年代に
まだ心臓が動いている脳死患者から臓器をとりだすなんて
「犯罪」といわれても仕方ない社会背景の時代に
地方の市民病院で移植手術を決行するのです。

これ、実話ではないみたいなので、
ドナーの現われ方もタイミング良すぎ!
と思ってしまいますが、
助かりたい患者とその家族。
息子の命をつなぎたいと考える脳死患者の家族。

両者の気持ちに報いるのは、
「脳死肝移植しかない」と、当麻医師は即決し、
院長や第二外科のスタッフたちも
当麻医師と運命を共にする事を選びます。

この辺で思い出してしまうのが、
病気で摘出した腎臓をさらに状態の悪い腎臓病患者に
移植することを決行した万波(まんなみ)医師のこと。
健康でない他人の臓器を移植するなんて
傍目にはかなり違和感ありますが、実際それで救われる人がいるのです。
それでも(最終的にどうなったか忘れましたが)
結構なバッシングがあったように記憶しています。
彼の所属するのも、愛媛県の宇和島の市民病院でしたね。
この映画にでてくる「さざなみ市民病院」ってどこなんでしょうか?
内房線の特急に同じ名前の列車があるから、そのあたりなのかな?

「目の前の苦しんでいる人を救いたい」
という医師の強い想い。
最先端の医療からは縁遠い地域の市民病院で、
その想いが既存の法律に挑戦する
というのは興味深いです。

(原作とは違い)映画では、
当麻医師の手術の際の「機械出し」を担当するオペナース
中村浪子(夏川結衣)のナレーションで物語は進行します。
へたくそな外科医のアシストをしていた時は
「私の渡したクーパーとペアンが患者を傷つける」
と(自分の責任ではないのに)落ち込んでいたのが、
当麻医師につくようになって
「オペがこんなに美しいと思ったことはなかった」
「渡す時先生の体温と情熱が伝わってくる気がした」


シングルマザーで幼い息子の保育園の送り迎えとか
生活に余裕ないはずなんだけど、
うまくなって先生の役に立ちたいと
効率のよい機械出しの練習をするところ。
彼女だけでなく、まわりのスタッフたちを
みんなこんな気持ちにさせる当麻医師の
気負いもてらいもない純粋でまっすぐな信念に胸打たれました。

彼とは正反対に、手術は失敗の連続なくせに
自分の立場を守ることだけを考えている最悪の第一外科部長、
当麻医師の足を引っ張る卑怯な医師に生瀬勝久。

「こんな悪い奴おらんだろう~」と思うくらいの分かりやすい悪役なのですが、
気持ちのよい勧善懲悪でばっさり切られてしまうから
ストレスもたまりません。

ストーリーとしては、けっこうシンプルなのですが、
この映画、手術シーンはものすごいです。
チームバチスタのシリーズとか、「ギネ」とか
現役医師の小説のドラマ化は他にもあっても
手術室以外での人間関係でストーリーはなりたっています。

これはとにかく、手術シーンがメイン!
生きてる人間の内臓が大写しになり
移植を終えた肝臓に血液が流れはじめ、
みるみる赤みを帯びていく・・・なんていう感動シーンが
ことばではなく、実際に見られるのです。

吹替えもなしで、すべて堤真一がやってるんですって!
これ、スゴイ事だと思います。

それにしても肝臓ってデカっ!!
1.5kgくらいあるらしいです。
赤ちゃんを取り上げるみたいに肝臓を取り出すところにもビックリ!!

でも一番の感動ポイントは、
交通事故で脳死となった17歳の高校生のドナーの母親。
福祉の道に進む事を決め、人の役に立つ事をいつも考えていた息子を思い、
彼の肝臓を提供しようと決めた母親の強い意思には感服しました。

絶対に生き返らないと聞いてはいても、呼吸器でまだ動いている息子を手術室に見送り、
戻ってきたときには白い布を被せられた「遺体」なのですから、
気持ちはちょっともぶれなかったのか・・・

「けがれのない美しい肝臓でした。
絶対にお役に立てるよう努めます」


そして12時間にもわたる大手術が始まります。
人間は12時間も緊張を持続できるものなんでしょうかね?

「いままでは何でもなく思っていた景色が新鮮で
生まれ変わったことを感謝している」と
新しい肝臓で命の助かった市長。

ドナーの母親の嘆願書で当麻医師の告訴は見送られる・・・

けっして不自然な展開ではないのですが、
たたみかけるような感動の波に
涙の乾く暇がないくらいでした。

会場に入るときに臓器提供意思表示カードが配られたのですが、
実は私、このカードが出来たときから記入して携帯しているのです。
(天使とハートの古いデザインです)
これを書いた時には、すぐにでも脳死になる気満々だったのですが
なんとか10年以上生きてしまいました~
ほとんどすべての項目に〇をして署名したものの、
家族の同意のサインはまだもらえていません。
もしこれから先私が脳死になった時、家族は同意してくれるんだろうか?

「その場のノリでうっかりこういうの書いちゃうんですよね~」
と言われかねない常日頃の私の言動。
「母(妻)は人の役にたつことを強く望んでいた、そういう人でした」と
躊躇なく臓器提供に同意してくれるかどうかは
今後の私の行いにかかっているんだろうな?
闇に葬られないように頑張るばかりです。

それはともかく、当麻医師の野望のない「孤高のメス」。
映画の制作者にもおなじような「まっすぐな気持ち」を感じました。
大げさでなく、こころがゆさぶられる映画でした。