周りも暗くなってしまい、紀州藩の陣から動くことができなくなった。今どのような戦況かという話も聞こえず、不安でたまらない。

子ども達がいなければ、正気を保ってはいられなかったと思う。

紀州藩の私への疑いは晴れないままだけれど、怪我の治療にあたったこともあってか、縄をかけられるまでにはならなかった。

夜に一人での移動はしづらいからと、彦根藩の男も紀州藩の陣にとどまっている。

大勢で動く藩もあれば、この人のように銃の使い手が一人で動いてる藩があるというのだろうか。

一人なら、茂みに隠れたまま攻撃を仕掛けることだって出来るはず・・・そう考えると、少しは信用しようと思った隣の男が恐ろしく見える。

「おい、少しは身体を休めたらどうだ?」

思わず気を張った私に感づいたのか、男が話しかける。

「こんな所で休めるとお思いですか?」

「そりゃそうだ・・・けど、あんたがどうにかなっちまったら、そのちび達はどうするんだ?大人しくしてれば、明日には解放される。だから、休んでおけ。」

この人は私を疑っていないのだろうか、寿太郎と軍次郎を見遣る表情は穏やかなものだった。

銃や刀を突きつけてきた紀州藩と違い、その銃を決して私たちに向けなかったのだから、幕府軍といえど根の優しい人なのかもしれない。

「・・・ええ、そうね。」

そう答え、膝で眠る寿太郎に羽織をかけ、軍次郎を抱きなおして目を閉じる。

皆がどうしているかわからない時に、横になる気にはなれなかった。


ざわざわと木々が揺れる音を聞きながら、次に目を開けたら全てが夢だったらと思う。

寿太郎と軍次郎をあやしながらうたた寝していた私に、風邪をひくよと十郎さんと雁音ちゃんが起こしに来て、家には奎堂さん達と水郡さん達が遊びに来ていて・・・こんな、こんな命懸けの戦いの夢を何で見たんだろうって思えたらいいのに・・・





けれど、神様は業の深い人間へ情けはかけてくれない。騒がしい声に目を開ければ、そこはやはり紀州藩の陣だった。

「奴らの総裁と従者、討ち取ってございます!!」

「これで、ほぼ全員片付いたな。」

騒がしさの中に聞こえた言葉に、耳を疑った。

紀州藩の陣にある人達が言う奴らは・・・皆のこと?全員って?

総裁と従者・・・藤本さんには、福浦さんがついていたけれど従者という様子じゃなかった・・・虎太郎さんには、那須さんが常に側にいたけれど従者というには那須さんのが年上だった・・・ねえ、誰のことを言ってるの・・・その真っ白な二つの包みはなんなの・・・嘘でしょう・・・?


「帰ってくるって、言ったじゃない・・・」


「この女、やはり天誅組と通じている!」

私たちを見張っていた男が叫び、またも紀州藩の男達に取り囲まれる。

「女、「帰ってくると言った」と言ったな。天誅組の誰かの女とでもいうところか・・・言え!奴らが逃がした中山公はどこだ!?」

知るわけない。十津川から先を、皆がどこへどう行ってるかなんて知らない・・・それよりも、あの子を返してよ・・・母親らしいこと、まだ全然してあげてないんだもの・・・

「返しなさいよ!あの子を!!」

誰よりも清廉で真っ直ぐなあの子が、あの人たちが、どうして負けるの・・・

「どうして、あんたたち幕府が、いつもいつも奪い取っていくの!!」

みんなを・・・返してよ・・・幕府なんかが、殺していい人たちじゃないんだから・・・


「くそっ、女だと思って手ぬるかったな。少しでも痛い目見りゃ、口を割るだろう。」

目の前で刀が鈍く光り、袂に手をかけられる。今にも肌に触れそうな手つきが気持ち悪く、近づけられた顔に唾を吐く。

「好いた夫以外の手に、割る口も身体もないわ。」

他人様にする態度で無いとわかっているけど、なりふり構っていられない。

「この女ァ!もういい!ガキをやれ!もしや中山公の子かもしれん!」

怒った男の言葉で刀と銃が寿太郎たちに向く、咄嗟に二人を抱きしめて男達に背を向けてしまった。

怖い、死にたくない・・・この子たちも死なせない・・・何がなんでも生きていくって約束したんだもの。


ダンッダンッと大きな銃声が響く。

撃たれたの・・・?

駄目よ・・・私がいなくて、誰がこの子たちをまもるの・・・?誰がみんなの帰りを待つの・・・?

いや・・・この子たちをおいていけない・・・

寿太郎が怖がって泣いてる・・・軍次郎も・・・しっかりしなきゃ・・・撃たれたくらいなによ、医者の妻なんだから、これぐらい治せるでしょ・・・




寿太郎と軍次郎の顔が少しずつ見えなくなり、私の意識はぷつりと途切れた。





最終章へ続く