軍次郎を産んで、後産も十津川の方の手を借りて終わらせてから、一晩休ませて頂いた私は隊を追うことにした。

「亥生殿、お子を二人も連れて中山様方を追うなど、難儀にございます・・・どうか、お考え直しを・・・」

十郎さんとも旧知の仲だという主計さんが、目の下に隈をうかべたままに言った。

この方は、きっと義挙から碌に気の休まる暇がなかったのだと改めて思う。

「無謀とは知っています。それでも・・・皆のもとへ行かないとならないのです。」

「軍医は十郎殿がいらっしゃいます。そして十郎殿も他の皆さんも、貴女が危険な目にあうのは望まないでしょう・・・村にてお待ちください。」

「待っていたって、誰も戻って来ないでしょうから。」

「そうですよ!わかっているのなら、尚更行ってはなりません!」

主計さんは悲壮な面持ちで拳を震わせている。

本当は、主計さんだって仲間である隊の皆さんが気がかりに違いない・・・それでも十津川のまとめ役として、苦渋の決断で村に残ったのかもしれない。

「いざとなれば、隊とは関係無いと嘘を言ってでも生き残ると、夫と約束しています。幕府の軍だって、まさか私のような子連れの女が軍医の一人とは思わないですから。」

「そうかもしれませんが!」

「何より、この先には夫だけでなく、うちの子もいるんです。五條の家は捨ててしまってますから、迎えに行ってあげなきゃいけません。」

「お子が・・・?」

何を言っているのかという表情で、寿太郎と軍次郎を見遣る主計さん・・・無理もないわ、私たちだけで交わした約束だもの。

「総裁の松本様に付いている子です。つい昨日、わが子になってもらったばかりなんですけどね・・・」

「・・・あの子が・・・?」

「ええ。この戦いを無事にくぐり抜けたら、普通の子として一緒に暮らすんです。あの子がしたくても出来なかったことを、何でもさせてあげるんです・・・私、以前からあの子には甘いから我儘な子にしてしまわないか心配ですけど。」

大切な人とその志のために、沢山我慢をしてきたあの子・・・何がしてみたいのかしら。

女の子らしい遊びや習い事がしてみたいとか?何にもしなくたって可愛い顔立ちだけど、お化粧に興味はあったりする?華やかな振袖や簪もきっと似合う・・・母娘で恋の話だって楽しそう・・・それで私が構いすぎて困り顔のあの子に、見かねた十郎さんが「娘が出来てよっぽど嬉しいみたいだから、許してやって?」なんて苦笑いするんでしょうね・・・寿太郎もあの子が大好きだから、私と取り合いになったりするかもしれない。

想像するだけでも楽しいもの、突然家族になった私たちだけど、きっと楽しく幸せに暮らしていける。


「それは・・・よかったです・・・十郎殿達の家族に・・・あの子は、なったのですか・・・」

ふっと、遠い眼差しで主計さんが微笑んだ。

「私が押し切ってしまった節が少しありますけど・・・」

うちの子になっちゃいなさいなんて、お産で気が昂ぶっていた勢いもあったけど、あの子を幸せにしてあげたかったのは本当・・・女同士で変かもしれないけれど。

「いえ、あの子が望んでのことでしょう・・・わかりました、この先の山は道がわかりにくく、子どもが迷い子になりやすいですから・・・あの子を迎えに行ってあげてください・・・くれぐれもお気をつけて。」

主計さんの目に光るものがあった。

その理由は、家族で揃って再びここに来た時に聞かせて貰おうと思う。


「すっかりお世話になりました・・・どうかお元気で。」

「・・・中山様や、皆様にお会いできたら・・・力になれず申し訳なかったと、お伝えください・・・」

「きっと誰も、主計さん達を恨んだりなどしていません。お気になさらないでください。」

儚く微笑って主計さんは、身につけていた真紅の飾り紐をそっと撫でた。



産所にお借りしたお宅にお礼をし、主計さんに見送られながら、子ども達を連れて十津川を後にした。

山の中を抜ける冷たい風が、「さようなら・・・」という囁きを運んだ。

風の吹いてきた方を振り向けば、主計さんが握り締めた両の拳を、祈るように額に押し付けていた。




②へ続く