十津川へ着いた一行は、改めて朝廷と幕府が各地に根回ししていた事を知ることになる。

朝廷は二度にわたり、十津川郷士達に忠光公らへ加担することを咎める沙汰書きを出していた。

それでも幾人かの十津川郷士が隊と行動を共にしたのは、他ならぬ天子様のための世を願ったことや、古くから十津川に話をつけていた十郎や奎堂の願いに応じないわけにはいかなかったことがあるのだろう。


会津と薩摩による政変さえなければ、諸手を挙げて一行を迎えたであろう十津川の者達の視線には複雑な想いが表れていた。

「主計、お前何でなんも言わんかっただ?村がこんな状態だっつうのに、俺らが来たら良く無えことくらいわかっとっただら?」

「主計を責めんでくれ、俺らは・・・いち早く天子様のためにと動かれた中山様とお前らにこそ義があると思っている。だから、天辻を出てここまで来ることを止めようとは思わなかった。」

奎堂が主計に詰め寄ると、答えられない主計に代わって繁理が諌めようとした。

「そう思ってんのは・・・お前ら二人くらいだねえのか?下手したら、他の奴らが俺らを追討軍に売るかもしらんだら。」

「おい松本!十津川の皆がそんな事するわけないだろう!?」

吐き捨てるように奎堂が言えば、傍らの従者は声を荒らげる。

「・・・村上殿の仰る通りにございます。誓って我ら十津川の者は、そのような礼を欠く真似などいたしません。何より、俺たちには決して松本殿を裏切れない理由があると知っておいででしょう?」

静かに言い放つ主計の目は奎堂と、その隣の従者を見つめていた。

「・・・そうだな。疑うようなこと言ってすまん。」

「いえ、俺たちは何とか村の者を説得しようと思います。中山様とあなた方をこの地でおまもりできるように、尽力致しますよ。」

主計と繁理が踵を返すと、咄嗟に細い声が二人を呼び止めた。

「あの、主計・・・さん、繁理・・・さん、くれぐれも・・・ご無理をなさいませんように。」

両手を握り締め、懇願するような幼い表情に、二人は小さく笑った。

「何も心配することはない。俺たちが何とかしてやるからな。」

「そうだぞ。いい子で待ってろよ・・・い、いい子にな、村上。」

「・・・はい。」



主計と繁理が十津川の村の者達を隊へ協力するよう説得している間に、忠光公も仲間を呼び、今後の事を話し合っていた。

「皆、どない思う?野崎と深瀬が働きかけてくれてはいるが、十津川の者が隊を離れたがることもあるんやないかと、私は思うておる。」

「そんな弱気ではなりませんよ。お二人と十津川の者を信じましょう。」

「しかし、河内の者達のこともある・・・期待をしすぎるのも良おないやろう。」

「そうだな。聞けば、村の周りが所々で紀州藩や藤堂藩に固められとるらしい・・・まかり間違えば十津川の連中ごとお縄にかかっちまうてこともありうるだら。」

「だけどが、俺らのために武器や食料も調達されとるき、囲っとる藩を追っ払うことや、籠城まがいのことはできると違うがか?」

「・・・十津川への食料の輸送も止められておるそうや・・・私がここにおる限りな・・・これ以上、土地の者を不安にさせたくはない。戦に関係の無い者を巻き込んでは、私も幕府の連中と変わらなくなってしまう。だから、私はこの十津川を出ようと思う。」

「忠光公!」

「藤本、言いたい気持ちはわかっておる。野崎と深瀬がおるのやし、一旦ここを離れておいて、事態が落ち着いたら戻ってくると考えるのはいかがか?」

忠光公の言葉に、総裁の三人をはじめ隊士達は考えあぐねた。

心優しき若き大将の想いは、隊の誇りでもあるが、そんな綺麗事だけでやっていけるような事態ではない。


十津川郷士達の話し合いもそうだったのか、忠光公らのもとへ戻ってきた主計と繁理の表情は暗かった。

「・・・皆さん、申し訳ない。俺の言葉も想いも村の皆には聞き入れられなかった・・・」

「すまねえ・・・大口叩いといて、これだ。」

「良いのや・・・薄々感じてはおった。心配いらぬ、我らは十津川を離れよう・・・しかし、まだ身体の具合の良くない者もおる。明日発つまではここにおるが、ええか?」

「それは、もちろんにございます。」

「最後まで世話になるの・・・野崎、深瀬、そなたらの護ろうとするものを我らが護ることで、この恩に報いようと思う。だから、この恩を返すまでくれぐれも馬鹿な真似をするでないぞ。」

忠光公はしっかりと二人を見据えて言った。

なぜにこれほどにも、芯の強い大将についていくことが許されぬのか・・・なぜに国の未来をまだ少年とも言えるようなこの方に背負わせてしまったのか・・・そして何より、見守ってやりたかった者とまたも離れねばならないのかと、主計と繁理は胸を痛めた。


その夜、忠光公らは実質の隊の解散を心に決めたのであった。




第14章へ続く