陣ではちょうど善之祐ら河内勢が忠光公と三総裁に詰め寄っていた。

亥生が不安に思っていた通り、やはり河内の面々で隊を脱したいという談判であった。

大きな戦力である河内勢にここで抜けられるのは、隊の分が悪くなるのは明らかなため、三総裁も忠光公も答えを渋った。

「ここで引くんは、ちと及び腰なんやないか?私はお前たちの力を見込んでおったのやぞ・・・」

「及び腰や?何言うてはんねん!俺らばっかぼろぼろになるまで使われて、あんたさんらは上で見とるだけやないか!高取からかて逃げたんやろ?及び腰はどっちやねんな!」

「楠之助、食って掛かるんやない。」

「けど、俺らの苦労もしらんと・・・」

「・・・こいつの言葉は過ぎとるが、毎度前線ばっかに立たされた身にもなったてくれんか?陣が変わったんも俺らには知らされんかった・・・こないされたら、俺らは捨て駒か言い出す奴が出ても仕方あらへんやろ?」

善之祐の言葉に忠光公が悔しげな表情で黙り込み、三総裁も顔を見合わせた。

「その辺については、こちらが悪かった・・・」

「ほれ松本君、それや。こちら、そちらて線引きしとるやろ・・・」

「水郡殿、奎堂はそんな思いで言ったと違うぜよ・・・考えてくれんか?」

奎堂と虎太郎が弁明しようにも河内勢の意識は離脱で固まっていた。

「ああ・・・そない嫌味とかやないとはもちろん思うてる。けど、この戦いはここにおる全員で始めたことやった・・・それなのに、どんどんあんたさんらだけの戦いにしてまっとるやないか。」


奎堂達は身に覚えがないわけでは無かった。

自分達でこの戦況を何とかしなければと躍起になり、大和の中を右往左往しながら、結局何を成し遂げられていたのか・・・軍令で隊士を縛り、不平不満が耳に入らないようにした。

意地に近いものがなかったとは言えない。

「俺らは、前線であちこち戦いながらも・・・この隊と国のことを考えとった・・・けど、あんたらがそない態度やったら・・・もうこの気持ちの溝は俺らから埋めたる気にもならへん。」

善之祐の言うことは最もである。

「わかった・・・これ以上話を詰めたとこで、変わらんだら。すまねえな水郡さん・・・昔から世話になったあんたに恩を仇で返すような真似してよ・・・」

奎堂がふぅっとため息を漏らし、諦めたように言った。

「最初に君に会うた時・・・まさか俺もこない国をひっくり返す大戦に出さして貰えるなん思ってもおらんかった。君らが堺に上陸して、うちから行軍してくなん、夢をみれた。それは感謝してもしきれん・・・ほんまは、俺もまだやれることある思うが、昔からの馴染みの奴らの気持ちを慮らんわけにはいかんのや。」

「ああ・・・中山公、仕方ねえよな?河内の連中はここまで本当にようやってくれた・・・」

「そうやな。私の器が小さく、なかなか皆を気遣えずすまなんだ・・・ここまで共にいてくれたこと、心より礼を言う。」

忠光公が深々と礼をすると、河内勢も膝をついて頭を深く下げた。

「ここを離れても、我々には我々に出来ることをしてまいります・・・中山様らのご武運を祈っております。」

「水郡には一等世話になったなぁ・・・私より幼くも行軍してくれよった子息共々、達者で暮らしてくれ。」

忠光公は穏やかに微笑んだ。


河内勢の面々が離脱するために見知ったもの同士、十郎達は別れの言葉を交わす。

「やっぱり皆さん、離れていってしまうのね。」

「すみません、師匠も亥生先生も残られるのですよね?」

「ああ・・・何があるかわからないからね、軍医は必要だろう。」

「一郎君、家を出てくるときにあるだけの薬は持ってきてるの、何かいるものはある?」

「俺も最低限必要になりそうなんは持ってますから、心配ありがとうございます。」

「すまんな、乾君・・・無事にことがすんだら、うちで皆で集まろうや。」

「はい。是非。」

「そんなら、戦で活躍した褒美に美味い酒もらってきてや!」

「楠!お前はホンマに調子エエ奴っちゃなぁ・・・」

「英太郎お兄ちゃんも、楠ちゃんも一郎君も、おじさんもいっちゃうの?」

「・・・うん・・・ごめんね寿太郎くん。」

「さよならやだよ・・・なんでいっちゃうの?」

「さよならじゃないよ・・・僕たちは大阪で頑張ることがあるから、そっちに行くだけだよ。」

「ほんとう?また、いっしょにあそんでくれる?」

「うん・・・寿太郎くん家に赤ちゃん生まれて、寿太郎くんがお兄ちゃんになる頃には・・・きっとまた遊べるから・・・」

「やくそくだよ・・・?」

「うん、いいお兄ちゃんになるんだよ?約束ね?」

どこかで不安を感じた英太郎が、小さな寿太郎を抱きしめた。

「英太郎お兄ちゃんたち、みんなげんきでね・・・しんじゃったり、しないでね。」

「何や何や、お前ら湿っぽいで!俺らは死なへん・・・死ぬもんか!生きて「どうや!やったたでーっ!」て新しい世の中で自慢するんやからな。」

「楠ちゃんがそう言って大手を振ってるの想像つくわ。」

「そうだな。長野君、手柄を横取りされないようにね?楠之助君はそうしたところ要領がいいもんなー」

「そうですね。」

「乾センセーひどい冗談言わんといてぇな・・・」

「まあまあ楠、これぐらいのが昔馴染みの暇乞いにはええやろうて・・・名残惜しいが、まぁ行こか。」

「ちょい、待ったってや!俺まだ用あるやつおんねん!」


善之祐が話をまとめた所で、楠之助が思い出したように駆け出した。

「おい万吉!」

楠之助の声に、奎堂の影からひょこりとのぞかせた表情は戸惑っていた。

「・・・なんだ?楠之助?」

「お前も・・・俺らと来んか?」

楠之助の言葉に天辻に残る仲間内がざわついた。

「何を言ってるんだ・・・?」

「俺、全部ずっと見とったワケやないけど、総裁さんがお前を大事にしとるようには思えへん・・・俺らなら、お前にそないしんどそうな顔させへん。」

「ばかだな・・・そんな顔してない。そう見えたなら疲れてるだけだ。」

俯いて首を振られ、楠之助はさらに言葉を続ける。

「しとるわ!俺ならいつでも面白おかしく笑かしたる・・・こない危ない所におらんと一緒に大阪に行かへんか?」

楠之助はお得意のおふざけも茶化しも無く、真剣だ。

「好きにしやええ。」

奎堂が二人の会話に割って入った。

「総裁さんには聞いてへん。」

「こいつは俺の用心棒だ・・・口挟んだっておかしくないだら・・・こいつが望むなら連れてきゃええ・・・水郡さんとこなら不自由なく暮らせる・・・村上、お前はどうするだ?この戦の中におるか、楽に暮らすか・・・お前の好きにせれ。お前一人おらんくらい何ともねえだろ。」

「あんたの、そういう何でもかんでもどうでもええみたいな所、ほんま腹立つわ・・・せやろ万吉?」

楠之助に問われるも、強がりを言う時の奎堂の癖が目にとまったことで返す言葉はもう決まった。

「悪いな、楠之助このひねくれ先生には・・・おれが必要なんやさ。他の昔からの仲間もできるならおれが守りたい・・・だから、お前とは行けない。」


迷いのない目に、楠之助は説得を諦め、剣士というには細すぎる肩を掴んでその目を見つめた。

「ほなら、絶対死ぬな!俺らも大阪で何とか出来んかやってみとるで・・・全部終わったら、まっぺん会おうや。」

「ああ、おれらは友達だからな。元気でな楠之助・・・」

「お前もな・・・大阪はな、おもろい芝居小屋に、うまいメシ屋に・・・見せたりたいもんがよーけあるからな、全部連れてったるわ!」

「おれはそんなに大食らいじゃないんだ。ほどほどに頼む。」

くすくすと笑った顔と、従者の言葉にどこか安心したような奎堂の眼差しに少しだけ楠之助は苛立ち、掴んだままの肩を寄せて耳元に囁いた。

「全部終わったんなら、髪も伸ばいて、可愛らしいべべでも着てくるんやで?嬢ちゃん?」

「な、なに言ってるんだ、阿呆!」

「おー馬鹿は嫌やけど、阿呆ならまだ褒め言葉やな!」

予想だにしなかったセリフのために突き飛ばされた楠之助だが、目を見開いていた奎堂にしてやったりという想いでもあった。

「意味がわからん!」

「ま、そうゆうこっちゃ!ほならおじさんら待たせとるで、もう行くわ!」

「さっさと行けぇ!」




河内勢が離脱したことで隊の半分以上の兵力が無くなったが、まだ勤皇の土地・十津川に望みがあるとし、忠光公らは天辻からまた南へ向かうこととしたのである。

少しずつ、風向きが悪くなっているのは誰もが感じていた。




④へ続く