隊の先行きは明るいと思われていたが、京においていた連絡係からの伝令により事態は急変した。

 孝明天皇の過去二度の行幸などにも協力的であった三条実美ら尊皇攘夷派の公家と長州勢が京を追われたという。

長州の勢力拡大を快く思っていなかった薩摩と会津が手を結び、御所を囲んだために大和行幸どころではなくなった。

つまりは孝明天皇や三条らの後ろ盾を失い、大和行幸がために設立した五條御政府も意味を成さないものになったばかりか、朝廷の実権が変わったことで忠光公らは逆賊とみなされることになってしまった。

すでに各藩へ討伐の命も出され、一晩のうちに忠義の兵から国に楯突いた罪人の集団にされた隊士たちは憤るしかなかった。


 討伐軍との戦闘に備え、桜井寺の本陣では心もとないため、十郎ら数人の大和の者が中心となり十津川への募兵とあわせ、他に陣をおける地を求めて南へ向かった。

結果、十津川から幾人か隊に加わり、五條と十津川の中程にある天ノ川に沿った天辻を第二の本陣と定められた。

更に、五條周辺の方々を制圧しておくべきだと、善之祐ら河内の面々を中心に戦い続け、医師役が足りないほどに負傷者が出た日も少なくなく、中でも高取城を落とそうとしたことが、一気に隊士たちの力を削いだ。


 高取城は五條よりやや北東にある二万五千石の山城という天然の要塞であり、隊にとっては押さえておいて損は無い城である。

しかし高取城側は攻略しづらい城が狙われると察知していたのだろう、忠光公らは砲弾を無数に打ち込まれ退却せざるを得なかった。

砲弾に慄いた忠光公らに憤慨した虎太郎が、幾人かを連れ高取城下に入り込むも、それも失敗に終わってしまった。


 桜井寺はもはや救護所状態となり、十郎も亥生も家に帰ることもせずに負傷者の治療と看病に追われていた。

「乾医師、奥方、吉虎をお願いいたす!」

普段の落ち着いた声からは考えられないような慌てようで、那須慎吾が桜井寺に駆け込んだ。

その後ろには隊士に肩を担がれている虎太郎がいた。

「二人とも、いそがしいじゃろうに、すまんぜよ・・・」

ぜいぜいと息を漏らしながら、虎太郎が申し訳なさそうに苦笑する。

「銃の弾が、あ、足にあたって・・・近くの医者に弾だけは取ってもらったんですが・・・ここに来る途中からひどい熱で・・・」

虎太郎を支えていた隊士が青ざめながら言ったのを聞き、十郎と亥生は頷いた。

「傷が化膿したのかもしれないな。そこに寝かせてくれ。」

虎太郎の着物を広げ、亥生が首や脇に濡らした手ぬぐいを当てながら、十郎が銃弾を受けた傷跡を診る。

「虎太郎さん、すぐに治療しますからね?」

「おう・・・すまんき・・・高取の奴ら、もう城下も警戒しよる・・・こいでは高取を取るんは無理ぜよ・・・どうするがじゃあ・・・」

「今そんなこといいですから、ご自分の身体の状態言えますか?」

「おぉ・・・つめたいのあたっとるん、きもちええのぉ・・・」

「おい、吉虎!しっかりせや!お前の身体の具合言え言われとるがじゃ、わからんのか!?」

親友が気がかりで、虎太郎の側にいた慎吾の言葉にも虎太郎は朦朧とし始めた。

「あーからだな・・・全身あつうて・・・ほいから、タマくらったところが、ちりちりというか変に痛いいうか痒いいうか・・・慎吾ぉ、俺どうなるがじゃ?」

「虎太郎君、今ね、銃弾を取っただけのせいか傷が膿んでいるんだ。傷を裏返すような処置をするけど耐えてくれ。」

十郎が治療道具を支度しながらも、穏やかな声で話しかける。

「傷を・・・うらがえす?」

「傷の膿を出してから患部をきれいにして、縫合しますからね。」

「はは、切ったり縫ったりか・・・大変じゃお・・・」

不安げな虎太郎に処置の内容を伝えると、力なく笑った。

「じゃあ、ちょっと触るよ。」

十郎の持つ治療具が傷に触れた瞬間に、虎太郎の身体が跳ね上がり、首元を冷やしながら脈を測っていた亥生の手がはじかれた。

「亥生!大丈夫か?」

「亥生どの、すまんぜよ、痛くないがか?」

「ええ。虎太郎さんも気にしないでください。一番辛いのは虎太郎さんなんだから・・・でも十郎さん、これだけ痛がるようなら、縫合もしますし眠らせて処置しますか?」

「いや・・・これだけの熱で痙攣も起こしかけているから、普通の量の薬でも危ないかもしれない・・・へたに使わないほうがいいだろう。」

十郎が薬箱を見ながら苦々しげな表情になる。

「そんな!」

「大丈夫じゃ、今のはちっくと驚いたからじゃき。それに俺にここで薬使っとったらもったいないぜよ・・・もっとだいじな所までとっとかんとなぁ・・・ただ、また痛ぉて暴れるかもしれんから、慎吾押さえとってくれんか?」

「・・・わかった。俺一人じゃ心配だな、おい弥四郎手伝ってくれりゃ。」

青ざめたまま、笑みをみせる虎太郎に慎吾が頷いた。

遠巻きに虎太郎の様子を見ていた弥四郎が、名を呼ばれて側に寄る。

「申し訳ござらん・・・拙者達が早くに高取をどうにかしていれば・・・」

「もうええがじゃ・・・そりゃ、高取の城にも近づかんと帰った聞いた時は、腹もたったけどが・・・仕方なかったんぜよ。」

「ですが・・・」

「そんなこと言うとる間に、俺をしっかり押さえてくれんがか。」

「そうだ、弥四郎。吉虎が暴れたら乾医師も奥方も蹴っ飛ばしかねん・・・この馬鹿力はお前くらいでかい奴とじゃないと止められんじゃろ?」

「そうでござるな・・・」

「頼むぜよ。特に亥生殿を蹴りたくろうもんなら、幕府と戦する前に腹切って詫びないかんき。」

慎吾と弥四郎が痛みに暴れそうになる虎太郎の身体を押さえながら、治療が施され、縫合の際には呻くような声をあげながらも虎太郎は耐え抜いた。

「お疲れ様、虎太郎君。終わったよ。」

「このまま少し安静にしていてくださいね?」

「おう・・・命を拾うた俺は運がええぜよ。二人ともありがとうのぉ。」


総裁の一人である虎太郎の負傷は隊にとって痛手であった。その上、高取攻めの最中に敵方に捕まった者もあり戦況はにわかに不安なものになり始めた。

それでも男達は諦めず、五條から第二の本陣天辻に忠光公らの本隊を遷して機が訪れるのを待つことになる。

代官所を制した夜には誰も考えていなかった―しかし、どこか心の奥底で誰もがかすかに不安に考えていた戦が始まってしまっていた。



②へ続く