万吉のお兄ちゃんに連れていってもらった松本のお兄ちゃんのお家は大きくてお庭もひろいのでたくさん遊べそうです。


「あら万吉さん、お帰りなさい。えらいかわいい子ぉ連れて、どこぞで子守でも頼まれましたん?」

「うた様、ただいま帰りました。この子は兄貴の知り合いの子やさ。弥四郎の所に用事で来とるもんだ、預かって来たんさ。」

お家に入ると、小さい子を抱っこしたお姉さんがいました。

「寿太郎、松本先生の奥方様とお子やさ。」

そうなんだ、ちゃんとごあいさつしなきゃいけないよね。

「こんにちは。乾寿太郎です。」

「はい、こんにちは。坊や小さいのにご挨拶しっかりできて偉いなぁ、私はうたです。ゆっくりしてってな?」

「うたお姉さん、ありがとうございます。」

ちゃんと上手におじぎもしたら、うたお姉さんがよしよしとしてくれました。

「ほんま、可愛いらしなぁ・・・うちの子ももうちょい大きゅうなったら坊やみたいにお喋りしてくれるやろか?奎堂様に似て無口やったら、お話相手もおれへんくて寂しいやろなぁ・・・」

そのまま、うたお姉さんはさみしいお顔のままお家の奥に行っちゃったので、ちょっとしんぱいです。



お庭で遊んでいたら、うたお姉さんがおやつをくれたので縁側で万吉のお兄ちゃんとおやつの時間にしました。

おやつを食べると、万吉のお兄ちゃんは縁側にごろんとしました。おぎょうぎがわるいって母上がいたらしかられちゃうけど今日はないしょで寿太郎もごろんとします。

縁側のゆかが暑いけど、お空が青くてちょこっとふく風がきもちいいです。


「平和だなーこうしてると何もかも無かったことみたい思えるさ・・・」

万吉のお兄ちゃんがぽつりと元気のないかんじで言ったので、やっぱり気になって聞いちゃおうと思った。

「お兄ちゃん。」

「んーどうした?」

「どこか痛いの?」

やっぱりどこか痛いのかな?万吉のお兄ちゃんはびっくりした顔でおきあがったから、寿太郎もえいっておきた。

「・・・何でそう思ったんやさ?」

「なんでかな?あのね、万吉のお兄ちゃんのお顔がね、笑ってても「痛い痛い」ってしてるみたいに見えたの。」

「流石はお医者の兄ィさんたちの子やさ。」

「やっぱり痛いの?あのね、痛いのがまんするとね、ちりょうも痛くてね、時間もかかるんだって。父上がきたら痛いのなおしてっておねがいしよ?」

「・・・乾の兄ィさんでも治せねえさ・・・」

「そんなことないよ!父上はお医者さんだもん。万吉のお兄ちゃんが元気ないの寿太郎はやだよ・・・ね、父上におくすりは苦くないのにしてって言ってあげるから!」

よくきくおくすりは苦くておいしくないから、万吉のお兄ちゃんはそれが嫌なのかなっと思って言ったら、大笑いしてからこまった顔をした。


「いや、別に苦い薬が飲めねえとかじゃねえし。何ていうかさ・・・寿太郎には難しいと思うんだけどな、自分の不甲斐なさに嫌気が差すっつうか・・・惨めっつうかな。終わっちまってる事に、ああしてればとかこうだったらって考えちまってな・・・」

なんだかむずかしい言葉がいっぱいで、ちょっとよくわからない。

「あーえっとな・・・はっきり言っちまうと、俺は雁音の姉ちゃんを守ってやりたかったのに出来んくてな。自分で自分が大っ嫌いになっちまったんさ。格好悪いだろ?」

「うーんと・・・じゃあさっきは雁音のお姉ちゃんとなかなおりしに弥四郎のお兄ちゃんのお家にいたの?」

「・・・ま、そだな。そんなとこやさ。」

「じゃあ行こう?ごめんなさいしに行こうよ。」

「そんな簡単なことじゃ無ぇさ!あいつが苦しんでた時に俺は何もしたれんかった!俺になん会いたないに決まっとる!」

万吉のお兄ちゃんのうでを引っぱろうとしたら、大きな声をだしてぶんとされたからビクってなった。

すぐに万吉のお兄ちゃんは頭をぺこってした。

「ごめん!寿太郎!手は痛ないか?」

「ううん、びっくりしただけだよ。だいじょうぶ。」

「・・・本当、俺何やっとんだろ・・・弥四郎みたい雁音の側に居るんもできねぇ、兄貴に物を言うんもできねぇなどっちつかずのクセに、苛立ちだけは一丁前でよぉ・・・もう、何を一番大事にしてったらいいのかわかれせんさ。」

そして万吉のお兄ちゃんは手でお顔をかくしちゃった。声も元気がないからしんぱいになって、父上と母上が寿太郎が泣いてる時にしてくれるみたいに、いいこいいこしました。

「も、ほんと、何だよー寿太郎に慰められるとか、俺もいい年なのに・・・」

「いちばんって決めなきゃだめ?」

「え?」

「えっとね、寿太郎は母上も父上も、おじじ様やおばば様もおじ上やおば上もみんな大好きで大事!五條の友だちや大阪の父上の友だちのおじさんやお兄ちゃんもでしょ、万吉のお兄ちゃんと弥四郎のお兄ちゃんも!みんな大事だから、いちばんは無いもん!万吉のお兄ちゃんがいちばん大事を決めちゃったら、もう寿太郎とは遊べなくなっちゃうんでしょ?」

いちばんってきっとそういうことだよね。いちばん大事なものはなくしたりこわしたりしないようにしないとだめだもん。万吉のお兄ちゃんにいちばん大事があったら、きっともう遊んだりおやつを食べたりできないんだ。


「・・・ほだな。俺も・・・兄貴に弥四郎達仲間の奴らに、故郷で世話んなった人達に、皆で掲げる志に・・・みんな大事やさ。もちろん寿太郎もな。ほだけど・・・雁音はずっと「特別な大事」やったんさ。」

「とくべつ?」

ちょっと泣きそうになった寿太郎を今度は万吉のお兄ちゃんがいいこいいこしながら笑った。

「えーっとなぁ・・・寿太郎の家で言うとな、乾の兄ィさんと姐さんはもともと別の家で暮らしてた知らない人同士ってのはわかるか?」

「なんとなく?」

「で、その知らない人同士の二人が出会って、お互いにずっと一緒に居りたい好き同士になって家族んなって、今ここに寿太郎がいる。そういう特別な大事やったんさ雁音は・・・だから、助けてやれんかった事が俺は悔しい。」

「お姉ちゃんと父上と母上みたいになりたいの?だったらやっぱり、お姉ちゃんとこ行こう?それでなかなおりして、お兄ちゃん達に赤ちゃんうまれたら寿太郎もお世話してあげるよ!」

万吉のお兄ちゃんが遊んでくれるみたいに、お兄ちゃんたちの子なら遊ぶのも楽しそうだよねって思ってたのに万吉のお兄ちゃんはまたこまった顔をした。


「ありがとうな。でも雁音のお姉ちゃんの特別な大事は俺じゃない。俺と家族になることをあいつは望んでない・・・でも・・・寿太郎の言うように、ちゃんとごめんって言いたいな。ほいで、ずっと笑顔でおって欲しい。」

「じゃあ寿太郎もいっしょにごめんなさいする!二人で言えば雁音のお姉ちゃんも万吉のお兄ちゃんとなかなおりしてくれるよ!」

「寿太郎・・・」

「それにね、よくわかんないけど父上が弥四郎のお兄ちゃんに言ってたよ。母上が雁音のお姉ちゃんを元気にしてくれるって!だからだいじょうぶ!」

父上たちは嘘は言わないもん。寿太郎のお手伝いだけじゃないから、きっと万吉のお兄ちゃんたちがなかなおりできるはずだもん。

「そっか・・・寿太郎の家は家族みんなすげえな。俺んことまで元気にしてくれてありがとな。」

そうしてわしゃわしゃと頭をなでなでされながらほめてもらった。

父上たちみたいにしんさつをしたり、おくすりをつくったりはできなかったけど、万吉のお兄ちゃんを元気にしてあげられたみたいでうれしくなった。


「よし、寿太郎!もうちょい遊ぶか!」

「うん!」

万吉のお兄ちゃんがいつものにこにこしたお顔でお庭におりたので、寿太郎も縁側からお庭においかけました。

「何して遊ぶさ?」

「あのね、万吉のお兄ちゃんみたいに剣術やりたい!かっこいいもん!」

「うーん・・・あんまり危ないことさせたら姐さんが怖そうだでなぁ・・・ちょっとだけな。」

「やったぁ!」

父上たちみたいなお医者さんもすごいしかっこいいと思うけど、やっぱり万吉のお兄ちゃんみたいに刀をもってるのってかっこいいよね。

寿太郎は万吉のお兄ちゃんみたいな強くて優しくてかっこいいお兄ちゃんになりたいな。






11章へ続く