珍しく注意書!!
今回の話は読み飛ばしても差支えのない話になります。歴史創作小説の面でなく、夫婦を主人公とした恋愛小説の面で書かれた場面です。この話にはいいね!も不要です・・・というか感想伝えられたら梶井は穴掘って潜りたくなるので読まれる方はするっと適当に読んでくださいませ。
亥生と共に診療所兼家に帰ると、留守を預けていた長野君と水郡さんと楠之助君が待っていた。
「師匠、亥生先生、おかえりなさい。どないでした?」
「おかげさまで、問題なく帰ってこられたよ。」
「留守をありがとうね、一郎君。」
二人で答えれば三人とも自分のことのように喜んでくれた。
「ほなら乾君、祝言はどうする?うちの奴がもし何だったら世話したる言ってたで?」
「っていうか世話したりたい!!って感じでしたよね・・・」
「まあな。」
「ありがたいんですが・・・実は亥生の実家で形ばかりですが挙げてきたんです。」
「ああ・・・そうなんか。」
「はい。母上が着た白無垢を私も着せていただきました。なので、奥様に申し訳ないですが・・・」
「あ!目出度い日なんや、そんな顔せんたってくれ亥生さん。女はそういうんがいつまでたっても好きやからな、うちの奴にはちゃんと言うておく。」
「なんや~センセらの祝言俺も出たかったわぁ・・・」
「「お前は呑みたいだけやろ!」」
「バレてらっしゃる!!」
三人の調子のいいやりとりは相変わらず、むしろ磨きがかかっているようだった。
亥生と二人してついつい笑う。
「無事に帰って来たなら、俺らも帰るとするわ。」
「そうですな、新婚さんの家に長居するなん野暮ですしな。一郎はんも明日はいつもより遅くに仕事に来いやぁ。」
「はぁ?」
「やって祝言も挙げたってんやったら今晩はしょっだあああああ!」
楠之助君が何を言おうとしたかわかった瞬間に水郡さんと共にその頭をひっぱたいてやった。
どうして彼は一番年下のくせにこうも下世話な話に持っていくのだろうか・・・
「センセまで叩かんでもええやないですか!?」
「ボケ!今のは乾君やから叩かれるんだわ!ええ加減にしいや楠、もう一発くらっとくか?」
「すんません、俺が悪かったです!勘弁したってや!」
「とりあえず師匠も亥生先生も旅の疲れもあるでしょうから、明日はゆっくり休んだってください。今んとこ町で容態悪い人もおりませんから。」
長野君は大人だ。彼が弟子で本当に良かった・・・
「ああ、ありがとう。そうさせて貰うよ。」
三人が帰るのを見送って家に入るとごろりと横になって伸びをする。
「あーやっぱり家が一番気楽だな・・・」
「お疲れ様でした・・・でも十郎さん、そのままだとお着物皺になっちゃいますよ?それにここで寝ずにお布団で寝ないと・・・疲れもとれませんよ?」
そう亥生に笑われて身を起こす。布団といえば、亥生と想いを分かち合った日からも寝床はきちんと分けていたし、口吸いとてあの日の夜しかしていない。今日確かに自分達は夫婦になった・・・ならばという気持ちが生まれるのは悲しきかな男のさがだ。
「亥生・・・今夜からは一緒に寝るか?」
その意味が分からぬほど亥生は幼くはない。やっと自分の耳に届くくらいの声で答えてうつむくその顔は耳まで赤く染まっていた。
行灯一つが照らす部屋に敷かれた布団の横に夜着に身を包んだ亥生が固い表情で座っていた。
「いく・・・ひさしく、よろしくお願い致します・・・」
ぎこちなく三つ指をついて頭を垂れる様すら愛おしさを感じた。
「ああ・・・こちらこそこれからも頼むよ・・・さ、おいで。」
細い手を取り床に招いて腕の中に抱きかかえるが、亥生はいっこうにこちらを見ようとしない。
「何か・・・恥ずかしいですね・・・」
「今からもっと恥ずかしいことするんだってわかってる?」
「十郎さん・・・意地が悪いです・・・」
「嫌いになった?」
「・・・なるわけないじゃありませんか」
やっと顔を合わせてくれた所で唇を重ねる。少し深くすれば息が苦しいらしく胸を叩かれる。
「死んじゃう・・・」
「死なないって。鼻でだって息できるだろ?」
「えーでも鼻息かけちゃうの嫌じゃありませんか?」
眉をハの字にして真剣に聞いてくるので思わず吹き出した。初夜の床でなんとも珍妙な事を言い出す新妻だが、出会った頃からそんな亥生が微笑ましかったのを思い返していると腕の中の亥生が頬を膨らませる。
「そんなに笑わなくても・・・初めてなんだからしょうがないですもん・・・十郎さんは前の奥様や花街のお姉さんとしたことあるんでしょうけど!」
しまった・・・ここで拗ねられては堪らない。そっぽを向いた亥生の頬を指でついて気を向けさせる。
「亥生、笑って悪かった。確かに僕は亥生より大人なぶんこうしたことはわかってる。けど、これだけ愛して人を抱くのは初めてなんだ。」
夜着越しに聞こえる自分の鼓動と言葉に満足したのか亥生の表情がやわらいだ。
もう一度口付けてから亥生の肩に手をかけるとびくりとその肩があがる。一度手を離してもう一度触れてみるとやはり肩が小さく震えていた。
「怖い?」
「・・・!だ、大丈夫です!」
その声さえも震えていた。
「本当に?止めるなら今だよ?」
そう言って自分の最期の大人げで聞く。
「大丈夫ですってば!だって私、ちゃんと心も身体も十郎さんのお嫁さんになりたいですもん!」
亥生はそんな男の最期の大人げを軽くとっぱらってしまう。そんな物言いをされてはかなわない・・・
「・・・でも・・・やっぱりほんの少し怖いから・・・・・・優しくして下さいますか?」
もう遅いってば。よくもいままでこれほどにも可愛らしい娘と共にいて何も起こらなかったものだ・・・
「まあ・・・できるだけね。」
そう返すのがやっとだった。
夜明けのまぶしさと小鳥のさえずりに目を覚ます。いつもは早起きな亥生はまだ腕の中で眠っている。
昨晩の事のうちにほどけた長い髪を梳きながら思う。
出会った頃は少女のようなあどけなさの娘だった・・・医学や国学を学ぶ姿は女だてらに頼もしい志士だった・・・塞ぎ込んでいた自分を信じて支えようとした母のような大きな心を持ちながら、自分を好きだと涙をこぼしたのは一人の女だった。
そんな彼女が昨夜自分の嫁となった。
くるくると何度違った姿を見せるのだろうか、これからも亥生がそこにいるだけで自分の歩む道が険しくとも耐えていけるだろう。
この命尽きるまで共にいようとますます思わされた。
そのまま撫でていれば亥生が目をあけた。
「おはようございます・・・十郎さん・・・」
「おはよう亥生。身体は辛くないかい?」
「・・・少しお腹のあたりが重いみたいな・・・あと喉も・・・」
「・・・無理をさせてしまったな、すまない。」
「謝らないでください。幸せな痛みなんだと思いますから・・・」
そう言って微笑むとまだ微睡んでいたいのか胸に擦り寄ってくる。
「そうか・・・」
「あ!」
もはやくせで亥生の髪に手をやると思い出したかのように亥生が自分を見上げてきた。
「どうした?」
「あのね、十郎さん。お嫁さんになったら言ってみたいことあったのいい?」
「・・・うん、何?」
「・・・あなた。」
にこりとはにかんだ笑みでそう言われた。言ってみたいことがそれとは意外だった。
「水郡さんのお家とか・・・お義姉さんが兄上をそう呼んでるのとか見て憧れだったんです・・・」
「そうか・・・じゃあ僕もお前とか呼ばなきゃかな?」
「うーん・・・奥さんっぽいけど、やっぱり十郎さんには亥生って呼ばれたいです。それに私も十郎さんって呼ぶのに慣れてるから変えられないかも。」
「亥生。」
「はい、何ですか?十郎さん?」
「ずっと一緒にいような。」
「はい!」
こんな自分達夫婦が親によく似たやんちゃな子供に振り回される日々が始まるのはまだ少し先の話―
第9章に続く