その夜、主計の部屋に十郎は呼ばれた。

主計の隣には二人の子供が座っている。

奎堂と三弥については、野崎家の客間で繁理が相手をしているので、ここにはいない。


「十郎殿にはお伝えしても問題ないと思うので、申し上げます。実は森にて迷い子になっていたのは、この兄と妹の兄妹二人でございます。」

「成程・・・村でも特に頼られるような主計さんが子供とはいえ。素性の知れぬ女の子を置いているというと聞こえの良くないことと思う者がいるでしょうからね・・・」

「話が早くて助かります。兄は昼にご挨拶させた通り、三栗郷伍、妹は一華と申します。」

主計の言葉に郷伍が頭を下げると、一拍遅れて妹の一華も頭を下げた。


「外へ出るときは郷伍のフリをさせているのですが、何かと落ち着きがないもので・・・見つかったのが十郎殿でよかったです。」

「乾殿、身勝手なお願いですが、主計兄様と妹のためにも、このことは誰にも・・・松本殿と伊藤殿にも言わないでいただけませんか?」

兄の郷伍は十郎に必死に言う。十郎も友人である主計のため、頼まれずとも吹聴する気はさらさら無かった。

「ああ、わかっているよ。」

郷伍の頭を撫でてやると年相応に安心した顔になった。

「ありがとうございます!ほら、一華もちゃんと乾殿にお礼言って。」

「ありがとぉ、おじちゃん!」

「こら!乾殿、せめて乾さんとお呼びしないか!」

「えー・・・だってかずえとしげりより年上っぽいけん・・・」

しっかり者の兄と天真爛漫な妹のやりとりに十郎が笑っていると、主計が申し訳なさげに言う。

「十郎殿・・・申し訳ない。男ばかりで育てた女の子だからか、甘やかしてしまっているせいですね・・・」

「まあまあ、僕も三十路になろうってところだから一華ちゃんくらいの子供にはおじちゃんと呼ばれても仕方ないさ・・・それに子供は少しくらい元気でちょうどいいだろう?」

十郎の言葉に兄にたしなめられていた一華の動きがぴたりととまる。


「いちか、子供じゃないもん!剣士だもん!」

まるで野生の狐か何かが威嚇するように十郎にむかってうなっている。

「え?剣士?」

「繁理のせいですよ・・・郷伍に剣をおしえるのはともかく、横で兄の真似事をする一華にまで剣術の手ほどきをしたものですから・・・女の子だというのに剣士になるといって聞かないのです。」

「ほお・・・」

「女の子がこんなに血気盛んなのは考えものですよね・・・」

呆れ顔の主計に納得いかないとばかりに少女はまだ吠える。

「もうっ!かずえはそればっかり!男の子とか女の子とか・・・かずえとしげりの言う『お国のため』ってのに関係ないけ!いちかはしげりみたいな剣士になって『お国のために』ってのをするんだもん!」


十郎は一華の言葉に一年ほど前の善之助の家での出来事を思い出した。

国を正しい道へ導くに男も女も関係ないと言ってた亥生の眼差しが少女の目に重なる。

「女の子なんだからと言うたびにこれですから先が思いやられます・・・」

一華の横で郷伍もやれやれといった顔をする。

しかし十郎は主計と郷伍に相槌は打てなかった。二人の言い分に頷いてしまえば亥生の心持ちを否定してしまうような気がしたからだ。


「まぁ・・・頼もしいんじゃないですか?一華ちゃんのような女性は僕も一人知っていますし・・・」

「ほんとけ!?」

十郎の言葉に一華はふくれっ面がぱっと明るくなり、十郎の胸元を掴んで揺さぶる。

「その人は剣術強いんけ?」

「いや・・・剣術は出来ないかな・・・?」

「えー女剣士じゃないのぉ?」

「うん、女剣士ではないね。」

「じゃあ、かずえみたいに本をたくさん読んでて頭がいいとかけ?」

「あーそれはあるかな・・・」

「あとは?あとは?」

「うーん・・・僕と一緒でお医者さんをしている。色んな人を助けてあげている優しい人かな・・・?」

「なら、いちかもお医者さんになればいいの?」

「それは違うんじゃないかなぁ?」

「えーじゃあどうしたらいいの?どんな女の人になれば、かずえや兄上はいちかが『お国のために』ってするのを許してくれる?」

子供の大量の「なんで?どうして?」を答えてやるのは十郎は得意ではない。

いつも子供たちの相手をしている亥生の様子を思い出して何とか答えを探そうとする。

主計と郷伍の心配ごとも考慮するなら、剣の道にそれ進めとはまず言えない。


「そうだなぁ・・・剣が強いことより、気持ちが強いことじゃないかな?」

「気持ち?ならいちか強いよ!しげりによく『一華は気が強いなぁ』っていわれるもん!」

十郎の言葉を深く捉えない一華の物言いに主計と郷伍は肩をおとす。

「繁理さんの言うのとちょっと違うかな・・・?こう・・・大切な人を大事に想う清い気持ちとか・・・悪いことを許さない正しい心とか・・・弱い立場にある人や困っている人を助けたり護ったりしようとする優しさとか・・・とにかく剣の腕を強くするよりも心を強くしなさいってことかな。」

「なんか難しい・・・」

「うーん・・・まとめると「清く正しく優しく」ができればいいってこと。」

「わかった!」

「一華・・・言葉が短くなってわかった気になっただけじゃないの・・・?」

兄、郷伍の問いもむなしく、「清く、正しく、優しく」と口にする一華に「剣術よりも」という一番聞いてほしい点がわかったのか些さか疑問が残った一夜であった。




十郎の言葉がきちんと一華に伝わっていたのかは微妙なところで、十郎達の滞在中、

『しげりと同じくらい剣が強い松さま』と奎堂の事を捉えて憧れを抱いてしまったらしく毎日奎堂の後を追っている。

郷伍の言った「十津川の子だから、いざとなれば繁理と共に剣をとる」という言葉に奎堂は見込みのある子供だという目で郷伍をみていたので、まさか妹が兄の姿を借りてついてきているなどとは知らず好きにさせていた。

それでも十津川郷士達に話をしに行くたびに後を追ってくるので、奎堂は子供に合わせてその身をかがめてやり聞いた。

「おい・・・郷伍つったけか?」

「え・・・!?う、うん。」

「お前俺なんかにくっついてきて楽しいか?三弥や十郎のがまだ遊んでくれんだろ?」

「た、楽しい!松さまかっこいいけ、いち・・・ぼくも松さまみたいな剣士になって村のみんなと『お国のため』って戦いたいんだ!!」

一華は郷伍の姿であるためにそう奎堂に答えた。

奎堂は子供とはいえ、自分のような剣士になりたいと言われ悪い気はしなっかたので、そのまま目の前の頭を撫でた。

「そうかよ・・・ほいだったら繁理のヤツにしっかり稽古をつけてもらうんだな」

「うん!!」


『憧れの松さま』に微笑んで頭を撫でられれば、その言葉が兄・郷伍への言葉ということさえ一華は気づかない。

「剣よりも心」という『かずえの友達のおじちゃん』の教えはすっぽり少女の頭から抜け落ちてしまったらしい。




第7章へ続く