主計と繁理に見送られ、十郎達一行は紅葉に彩られた十津川村を背に帰路に着いた。

奎堂も三弥も実りある遊説ができたのか、その顔は晴れやかだった。


ふと道中に十郎は奎堂の腰に脇差が無いことに気づく。

「奎堂君、脇差はどうしたんだい?」

「あ?・・・ああ、主計んとこのガキにくれてやった。」

「え?何でまた?」

「自分も連れて行けとうるさかったからな。剣の腕を上げて国のために働けるようになったら迎えに来てやるっつってな・・・別れ際に渡した。」

「最後まで奎堂さんに『松さま松さま』と懐くなんて、変わった子供でしたねぇ。」

三弥がにやりと笑って茶化すと奎堂は舌打ちを一つして、三弥の頭を叩いた。


「馬ぁ鹿、見る目のあるガキだったんだよ。さすがは十津川の子供だってことだな。」

「私は今からあの子の将来が心配ですよ。剣の腕は奎堂さんに似ても性格は似なければ良いのですが・・・」

「またテメェは・・・」

三弥の毒舌に青筋を立てる奎堂をまあまあと宥めながら、十郎は主計のもとにいた子供の事を振り返った。奎堂を「松さま」と最後の時にも呼んでいたというなら、脇差を受け取ったのは下の子のほうではないだろうか・・・?

強く輝く眼差しのその子に「清く正しく、そして優しくありなさい」と伝えてみたが、やはり剣の強さを願ったのか、はたまた大きな志の彼らに惹かれたのか・・・


「どこにでも芯の強い子ってのはいるもんですね・・・」

十郎は二人に聞こえぬ程度の声で呟いた。


主計のもとにいたかの子はどうにも自分の身近なある人に心根が似ている気がしていた。

そう思い返していると、どうにも早くそのある人の顔が見たくなる。

困ったことはおきていないだろうか、元気にしているだろうか、笑っているだろうか、旅の帰路という事もあり気もそぞろに歩いていると、小さな小間物屋が目についた。

派手さは無いが、色鮮やかな品物が並んでいるのを見て、十郎は足を止めた。

「二人共、申し訳ないが少し寄っていいかい?」

丁々発止のやり取りを続けていた奎堂と三弥は十郎の声に立ち止まった。


「留守を預かってる女医さんへのお土産ですか?」

三弥は気を使って女医と言って尋ねる。

「ええ。」


男三人が店先に立ち止まったのを見て店主の女が色々と品物をすすめる。

「贈り物ですか?うちのはどれも人気ですよ。そこの簪なんどうですか?」

店主の示した簪を見て十郎はうむと唸った。

あいにく物を贈ってやりたい相手は医者として清潔にしていなければと言って、町娘のような結髪をせず、一つに結わえただけの髪型をしている。

簪をやっても使わないかもしれない・・・けれど、だからこそ結髪をした時に挿して貰えばさぞ似合うだろう。


「おい、十郎。簪なんやったら勘違いさせんだねぇか?」

ぐるぐる考え込む十郎に奎堂が呆れたように言う。

男が女に簪などの髪飾りを贈るなどよっぽどである。十郎とて三十路手前の男、それを知らぬわけでは無いが、身近に使ってもらえる物をやろうと思うと髪飾りなどしか浮かばない。

「・・・勘違いって・・・そういうんじゃないけど・・・」


「簪が気恥ずかしいんやったら、結紐はどないです?丁度吉野の桜で染めたんを仕入れたところなんですよ。」

品物選びに迷う客に店主は一つの結紐を差し出した。吉野の桜で染めたとあって、優しい春の色をしていて、十郎は一目で気に入った。

「いいですね、ではそれを。」

「はい、毎度。よかったら一緒にこの紅もどうです?私はこの桜色がいい思おたんですけど・・・やっぱり赤い紅ほど売れんかったんです。おまけしときますんで・・・」

結紐を包もうとした店主は片隅に置かれていた紅を手に十郎に聞いた。

「そうですか、じゃあ折角なんで一緒に入れといてください。」

金を払い包みを受け取り、二人に待たせたことを詫び小間物屋を出た。


良い土産が買えたと機嫌の良い十郎に再び奎堂が呆れ顔で話しかける。

「お前、紅まで買っちまってどうするだぁ?」

「え・・・?」

「あの人は奥方とか、恋仲ってんじゃねえんだろ?結紐だ紅だなんて何でもねえ相手に贈らんだらぁ。」

「まあ・・・そうなんだけど・・・あの色、亥生に似合いそうだったろ?」

「あのなぁ・・・」

「十郎さんがそう思われるならそうだと思いますよ・・・?ただですね、物が物なんで誤解を招くんじゃありませんか?」

呆れ半分、苛立ち半分な奎堂を横目に三弥が十郎に言う。

―その髪を乱したい―

―その口を吸いたい―

贈り物にこめる男の下心というのはよく言ったものである。

十郎の頭に一瞬その様がよぎったが慌てて振り払った。

「日頃の感謝の気持ちであって・・・他意はないよ。」

へらっと笑う十郎についぞ二人はため息をついて物を言うのをやめた。

僅かな時間だが共に過ごした乾十郎の色恋沙汰を友としてあれこれ聞いてみたい気持ちがあるが、当の本人がこの様子なら、そのうちなるようになるだろうというのが二人の思いであった。



②へ続く