研修病院を無事卒業し、東京の自宅に戻ったのは3月の半ばだった。
溜まっていた有給を消化しつつ夜勤だけは続けながら引越しの準備をし
時節柄送別会もお別れの飲み会もなしにドタバタと戻ってきた。
あっという間の二年。
あっという間の研修医生活が終了した。
「もう生涯救急外来に入ることも、術場に入ることもないかもしれないと思うと感慨深い」
そうなのだ、研修が終わり自分の専門を選んだ後は
選ばなかった科の現場に入ることはなくなる。
引越し荷物をまとめながら、大学時代からコツコツ練習してきた
外科の糸結び用の練習版を眺め
ああ、これはもう不要になるのかとそっとゴミ箱に移した。
おじさんは今月60歳になった。
同級生は定年を迎えてゆったりした生活に入る時期だが
彼の場合は逆走しているのでここからが本番だ。
選んだのは在宅医療の現場。
一軒一軒事情の違うお宅に伺いながら
どう生きるかを一緒に考える医療に入ることになる。
採用してくださった先生は「その年齢だからできることがある」と力強く背中を押してくださった。
60歳新人医師、明日からまた新しい挑戦が始まる。