依存性はいろんな物があるが、私の場合だと、
特定の人物、食べ物、お金、スマホ、トレーニング関連といった所だろうか。
依存は誰にでもある事だとは思うし、何かに依存してないと生きていけないと思う。
ただ、その依存が誰かを傷付けたり、苦しめたりした結果、依存性だと感じるのかもしれない。
依存が強い人、依存をあまりしない人
その違いを分かりやすく書いてある記事を見つけた。
一般的に依存しない人、自立してる人とは、
人脈のネットワークを作って頼りあいながら、たくさんの人達の意向や利害も意識しながら活動しています。彼らは経済的にも精神的にも独立した存在。
あちこちの人と、頼ったり頼られたりの相互依存の関係をたくさん持っているのではないでしょうか。
少しずつ依存している人は、それぞれの相手の顔色を窺う度合いも、コントロール願望が首をもたげてくる危険性も少なくて済みます。たくさんの相手に少しずつ頼るような依存なら、少しずつ返すだけでギブアンドテイクの帳尻も合いますし、万が一、どれかの関係が壊れてしまったとしても決定的なダメージにはなりません。
逆に依存性とは
少ない相手に多くのことを依存するほど、こじれる。
1人か2人の相手になにもかも依存している人は、“生かすも殺すも相手次第”になってしまうため、相手の顔色を窺う度合いが高くなってしまいます。と同時に、その少ない依存相手を自分の意志に沿うようにコントロールしたい気持ちも膨らみやすく、依存とも支配ともつかないような、“重たい”関係に向かってしまいがちです。
「自立している人=他人に依存していない人」
ではなく
「自立している人=他人に上手に依存している人」
自立してる人はコミュニケーションが得意だということが分かる。
こんな感じで書いてありました。
発達障害の二次障害でコミュニケーションも苦手、ストレスも疲労も溜まりやすい私は、特に特定な物に依存しやすいといえます。
もし、コミュニケーションが得意で人脈が広ければ依存も少ないだろうなという事は自分でもよく分かります。
記事の中に
1人の人間の「自立」がそれらしく成立している背景には、幼いころからたくさんの人に頼ってきた蓄積や、今現在の、たくさんの人達との相互依存のネットワークがある。
と書いてありました。
この歳になって友達といえる人が全く居ない、少ない人間にしかネットワークが無かった私に今さら人脈を作るのはかなり難しいといえます。
頑張って話かけても、変な奴だな。と思われる事ばかり。
結果、障害や依存性を家族すら理解してもらえない状況で、子どもと過ごせない苦しみから、お金を使う事でしか依存ができないといった状況ですかね。
妻は私とは正反対で、
人脈が広く、深く、男女共にネットワークが多い。
コミュニケーションも得意で何もしなくても人が寄ってくるような存在。
私が居なくても、痛くも痒くもない。
なので、夫婦感で価値観の違いが大きく、溝ができやすいと思う。
妻への依存を減らし、生活費を減らしていく為には、お金の掛からない依存を増やしていくことだと頭ではわかっている。
人脈を増やす事も必要だと思う。
ただ、どこか後ろめたい気持ちがあるので、なかなかできない。
会社の人と野球観戦に行った時も、自分はこんな事をしてていいのか?
ホントは家族と過ごしたいし、家族に申し訳ないと思ったりもする。
他の依存や人脈を増やしていく事で、どんどん家族と繋がりが無くなっていくんじゃないかと思ってしまう。
とはいえ、今のままではダメなので、
依存を増やし分散させ、人脈を広げる努力はしていこうと思う。
この前、余裕無くて仕事でちょっとやらかし、仕事は一人でいろいろ抱え込み過ぎてるから、もうちょっと頼るって事をしていこうかなと思う。
今のマネージャーがどういう人か分からなかったので、発達障害の事は伝えてなかったけど、やらかしたタイミングで話した。
店長無理だね~。と言われるかと思ってたけど、マネージャーの娘さんが障害がある方みたいで、
そっか、いつも頑張ってくれてるから、できる事をやってくれれば大丈夫ですよ~。困った時や、余裕無いときは言ってね。
と言ってくれた。
話せる人を増やしていくのも自立に繋がるのかな。と思う。
依存できるものを増やしていき、家族への依存が薄れて、家族への依存が無くなるぐらいに考えていった方が上手くいくのかな。