芝居紳士の『マジロギ』を観ている。配信のアーカイブを2回目。
多分、何度もこの文章を書く手を止めて画面に見入ってしまう。きっと、観終わるまでに書き上げることはできないだろうと思う。でも、この動画を観ながら、その熱を感じながら、書いてみたいと思う。
2020年という年を自分の中でどう位置付けるべきか、それはまだわからない。
けれど一つだけはっきりしていることがある。それは、私にとっての「動画元年」ともいうべき取り組みの幾つかについて。
13本の朗読音声と、
芝居紳士との生配信3本を含む動画(宣伝動画)は多数、
そして、芝居紳士と染行エリカの『マジロギ』公演と同日に収録したみつカネかい?の無観客公演動画、
更に少し形は違うのですが、10月の「本読みの時間」15周年記念公演の一日をダイジェストした記録動画。
これが、私が今年携わった収録という作業。
撮られると同時に、撮ることを考えた一年。
芝居紳士が「配信」に拘った一年。
その前半を一緒に試行錯誤したと思う。
思うけれど、多分、私は芝居紳士ほど「配信」には拘っていない。
私が拘ったのは、前述の通り「撮られること」と「撮る」ことの方で、コレは「配信する」こととは、似てるようで結構違う。
違う、ということが、ようやくわかってきた。
で。
芝居紳士の話。
今回の『マジロギ』
会場に来場してのお客様と、そして生配信。
来場したお客様の反応はすこぶる良い。
そして、私が観たアーカイブ。
視聴者数が、、、少な、、、いのは、一緒にやってた時も、そうだったねぇ、、、涙
さておき、アーカイブ。
芝居紳士のパフォーマンスを生で観たことのある自分にとって、このアーカイブはとても面白く、ワクワクできるもので、会場の熱量が想像できて、その場にいない自分がとても悔しくなる程のものだった。(おそらく、私だけじゃなく、一度でも芝居紳士を生で観たことある人なら同じように感じたと思う)
けれど、この一度でも同じ空間を共有したことのある人間にとって想起できる芝居紳士の生み出す空気感というものが「配信」ではホントに伝え難い。
伝えきれない。
それが、私が一緒に演った時の最終的な結果だったと思う。
でも、今回の『マジロギ』はちょっと違う。
やっぱり「コレ、きっと会場に居たらもっと面白いんだろうなぁ」と思ってはしまうんだけど、それでも、エリカちゃんの三味線とギターと歌声が、芝居紳士の放つ空気を包んで、空間を超えて届けてくれていたように思う。
嗚呼、凄いなぁ。
と思うと同時に、
あー悔しいなぁ、とも少し思う。
私と芝居紳士では上手くいかなかったことが、まだ完成ではないけど、確実に進化してここに見えてる、感じられる。
凄いなぁ。
芝居紳士と染行エリカのパフォーマンス『マジロギ』
生で観たかった。
(は、配信に拘る二人にとっては、ちょっとアレ、だろうけど。しょうがない。芝居紳士はそういうもの)
まぁ、芝居紳士に「コラボ」の面白さや可能性を考えさせたということで自分の役割もあったと思おう。笑
さて。
奇しくも、芝居紳士がこの一年の試行錯誤の末に生み出した『マジロギ』と同日に、私は、無観客公演「みつカネかい?のクリスマスかい?」の収録をしておりました。
実は、私、この収録動画を、私が今年携わった「動画」のベストだと思っています。
固定カメラでのノーカット・ノー編集の撮りっぱなしの動画。
(そういえば、芝居紳士も固定カメラに戻ってたな)
お客様へのお届けはまだなのですが(有り難いことに完売です)、関係者で見返して観て思ったのは「昔、こんなバラエティ番組観てたな」ってこと。
私の大好きな小説家の小路幸也さんは、代表作『東京バンドワゴン』シリーズに献辞?として『あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ。』と書いてます。
並べるのは烏滸がましいのですが、みつカネかい?動画を観ながら、この小路さんの一文を思い出しました。
みつカネかい?動画は、正に昭和のテレビのバラエティ番組。
気楽に「ながら視聴」して欲しい感じ。
それくらいの気楽さが、私の考える「動画作品」なのかもしれない。
でも、
芝居紳士の『マジロギ』はまさしく、瞬ぎせずに見つめ続けて欲しい作品でした。
好かった〜
頭の中にはもっともっと色々なことがあって、書いておきたい気もするんだけど、上手く書けない気もするし、観た人と一緒に語り合いたい気もするしで、ここらで止めておこうと思います。
『マジロギ』結局更に2回観ちゃったよ。(ファンか?!・・・ファンです)
最後に、
芝居紳士とみつカネかい?
同日開催ということで、異色のコラボ宣伝動画も撮ってみたりしてたので、今更ですが、見てやってください。