2020年9月11日、暇過ぎる在宅勤務中に少し前に買った本を読んだ。
カツセマサヒコ著『明け方の若者たち』
何者かになりたいが、どうしていいか分からない。
やるせない気持ちを抱え、こんなはずじゃなった人生を生きる主人公たちが今の自分にきっちりトレースされた。
「何をやっても最後はハッピーエンド」をモットーに、大学在学中から今に至るまで自堕落な生活を送ってきた。この甘えた考えのもと、何ひとつ情熱の注げる物も見つからずに先月24歳を迎えた。
社会人2年目。「安定」の二文字を追い求めて入社を決めたが、会社の駒として働く活気のない毎日に嫌気がさしてきた。自分がいなくても仕事は回る。コロナ対策として在宅勤務が導入されてからそれをより一層顕著に感じるようになった。
自分はいったい何者なのだろう。この先今の会社で働き続ける中で、何か成し遂げた気持ちになれるのだろうか。光の見えない長いトンネルの中にいるみたいだ。
『明け方の若者たち』を読み、結局何者にもなれない。それでもいいじゃないか。というメッセージを受け取った。
何も成し遂げていないが、仲の良い友達もいるし、お前らと飲む酒はいつだって美味い。だったらそれでいいじゃないか。と考えることもある。
しかし、何者にもなろうとせずにそう腑に落ちてしまうのはどこかむず痒い。何者でもない現状に甘え、足掻こうともしないまま死んでいくのは御免だ。
24歳、モラトリアムを卒業できないクソ拗らせ野郎はどうにか足掻いて、その先に見える光を追い求めたい。それがトンネルの出口でなくても、それでいいじゃないか。