絶対開運!遠藤裕行のスピリチュアル講座

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『日蓮』(にちれん)

鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。       

 

 

 

「南無妙法蓮華経」(なむみょうほうれんげきょう)

これは念仏ではなく題目と呼ばれ、

法華経(ほけきょう)というお経にある救いを求める言葉。

 

法華経は、もとの名を、

「正しい教え、白い蓮華」と言い、

このお経と縁を結べば、

全ての人々は、いつか必ず仏になれるという教え。

 

蓮華の花が泥の中から現れて

美しい花を咲かすように、

どんな境遇であっても、

救われることを象徴しています。

 

 

 

日蓮は、もともとは天台宗の僧侶でした。

その天台宗の開祖である最澄が法華経を重視しており、

日蓮も法華経が最高の教えであると考え、

広める決心をし、

これが日蓮宗へと発展していきました。

 

日蓮の法華経の広め方は凄まじい。

それは日蓮が他宗を邪宗として

非難して用いた4つの句である

四箇格言(しかかくげん)に現れています。

 

<四箇格言>

【念仏無間】
念仏を唱えれば無間地獄に堕ちる

【禅天魔】

禅は悪魔の所業

【真言亡国】

真言は国を滅ぼす

【律国賊】

律宗の僧は国賊である

 

さらに日蓮は、

浄土で救われるという浄土信仰に対して、

あの世で救われても仕方がない。

この世で救われるべきだと言い、

非難しました。

 

さらにさらに日蓮は、

この世での仏の国という考えから、

法華経に基づいた国を作るべきという国家観を持ち、

幕府に迫りました。

 

そんな行動を取ったため、

四方八方から迫害、弾圧を受けました。

 

伊豆や佐渡に流されたり、

処刑される寸前までいったりもしました。

 

日蓮の活動は、終始一貫して戦いです。

なんとも過激です。

 

 

 

実は、法華経には、

「法華経を広めようとすると法難(迫害)に遭う」

と書かれており、

法難に遭えば、遭う程、

法華経の布教の道に適っていると思い、

極まっていったのでした。

 

そして、日蓮はそんな法難を受けながらも

悉くピンチに助ける者が現れ、

それを仏の救いと見出し、

感謝を捧げていたのでした。

 

実際、日蓮の不退転の覚悟は、

最終的には報われ、日蓮宗は広まり、

今日に至るも尚、継承されております。

 

 

 

私は、日蓮の生き様に触れると

毎回、身が引き締まる思いがします。

 

 


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この世では思い通りにならないことばかりです。

なかなか人生が上手くいかないと          

思い悩んでいる人は多いでしょう。

                                           

 

お釈迦さんは、苦について語っています。

 

「生まれる」「老いる」「病にかかる」「死ぬ」

これらを「生老病苦」とまとめて、四苦としています。

 

 

「愛別離苦」(あいべつりく)

愛する人との別れは必ず来る。

 

「怨憎会苦」(おんぞうえく)

嫌いな人とも付き合わねばならない。

 

「求不得苦」(ぐふとっく)

欲しがっても得られない。

 

「五蘊盛苦」(ごうんじょうく)

精神と肉体の働きが生む煩悩を制御できない。

 

さらに、これらを加えて、八苦としています。

 

 

 

人は、死後霊界へ行きますが、

霊界に行く前に幽界に立ち寄ります。

 

だから、死後は、

現界→幽界→霊界

このように進みます。

 

幽界は、この世の現界とそっくりな世界が広がりますが、

この世との違いは、思いが何でも叶うということです。

 

幽界では、どんな大豪邸にでも住めます。

そして、美味しいものに囲まれ、

素敵な異性達と好きなこともできます。

 

仕事はする必要はなく、

お金が必要ありません。

 

それでいて、全て望んだことが叶います。

 

まるで、楽園、パラダイスで、

皆、ここに来た当初は、

永遠にここにいたい、と思いますが、

時が経つと、皆、自ら霊界に旅立っていきます。

 

何でも願いが叶う、

そんな理想的な世界で、

何故、やがて自ら旅立ってしまうのか。

 

それはそんな生活に飽きてしまうからです。

 

 

 

昔、コンピューター相手のオセロゲームを

やっていた時のこと。

 

そのオセロゲームは、初級、中級、上級の

三段階のレベルに分かれていました。

 

何に対してもそうだと思いますが、

勝つと気分が良いし、

負けると気分が悪いです。

 

初級は、さすがに簡単。

 

勝ち続け、気分が良いです。

このレベルなら、負けることはありません。

連戦連勝です。

しかし、やがて飽きてきます。

 

中級は、勝率5割。

私は、このレベルのようです。

毎回、白熱した戦いが繰り広げられます。

 

上級は、さすがに強者。

勝ったことがありません。

 

しかし、途中まで互角に渡り合えると

自分の進歩を感じます。

 

 

 


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修行中の僧侶のエピソードとして、

このような話があります。         

 

 

僧侶Aと僧侶Bが、

旅をしていて川にさしかかりました。

 

橋も舟もない川辺で、

若い女性が渡れずに困っていました。

 

僧侶Aは女性に声を掛け、

ヒョイと抱きかかえて、

川を渡らせてあげました。

 

無事に対岸に渡った女性は、

礼を言って去っていきました。

 

旅は続きます。

 

一緒に旅していた僧侶Bは、

暫く黙っていましたが、

突然、怒り出しました。

 

「僧侶の身で、女性を抱くとは、けしからん!」

 

僧侶Aは、言いました。

 

「さっきの川での女性の事か」
「もう忘れていたよ」

「お前はずっと抱いていたのか」

 

 

 

女性との接触は、僧侶にとって好ましくない事です。

 

しかし、今回はこの僧侶Bに私は吠えたい。

 

僧侶ではありませんが、

現代の社会活動で例えました。

 

 

女性も整体に行ったり、

マッサージを受けたりするでしょう。

 

この僧侶Bの理屈で言えば、

整体やマッサージは、女性を触るという行為なのか。

 

 

女性も病院に行きます。

 

診察を受ける場合、

上半身は裸になるケースがあるでしょう。

 

この僧侶Bの理屈で言えば、

診察は、女性の裸を見るという行為なのか。

 

 

私は、カウンセリングも行います。

その中では、女性も多い。

 

ケースによっては、プライバシーの質問も致します。

 

この僧侶Bの理屈で言えば、

カウンセリングは、女性のプライバシー侵害の行為なのか。

 

 

 

僧侶Aの行為ならびに、上記の例は、

いずれも共通点があります。

 

それは相手を助けるという行為である事。

 

 

もし、私が僧侶A

川を渡れずに困っている女性を抱いて、

渡らせてあげたとしましょう。

そして、僧侶B

「女性を抱くなんて不謹慎だ!」

と非難されたとしましょう。

 

そしたら、私はこう言います。

 

「女性を抱く?何の事だ?」
「さっきの川で困っている人がいて、抱きかかえた事か?」

「あの人は女性だったのか?」

 

 


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施しは、大きく分けて、

物を施す物施、体を使って施す体施、法を施す法施、

この三つに分類されます。             

 

施しを行う事が徳行の基本ですが、

なかには、物を施すにも、物も金も何も無い。

法を施すにも、人に教える事など何も無い。

そんな事を言う人もいるかもしれません。

 

それなら、施しのできる自分になれるよう

日々、努力すべきです。

 

そして、もう一つの施しに関する考えがあります。

それは、本当に身近で、

ちょっとした事でも施しとなる考え方です。

 

それは雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)という経典に、

誰にでもできる無財の七施として説かれています。

 

 

 

<無財の七施>

 

「慈眼施」(じげんせ)

優しい眼差しで接する

 

「和顔施」(わげんせ)

和やかな温かい表情で接する

 

「言辞施」(ごんじせ)

思いやりのこもった温かい言葉で話す

 

「捨身施」(しゃしんせ)

体を動かして奉仕する

 

「心慮施」(しんりょせ)

思いやりの心をもって接する

 

「床座施」(しょうざせ)

進んで座席や居場所を譲る

 

「房舎施」(ぼうしゃせ)

雨露をしのげる場所を進んで提供する

 

 

床座施と房舎施は、状況設定が必要ですが、

それ以外は、今すぐに簡単にできるものばかりです。

 

なかには、こんな小さな事で本当に施しになるのか。

と思う人もいるかもしれません。

 

では、もし自分がこのような施しを

受ける身ならどうでしょう。

本当に小さな施しですか。

 

それと仮に、

一見、小さな施しに見えても、

仏様はどう思うかです。

 

その施しに仏様が動けば、

途轍もなく大きな事が起きます。

 

 

 

雑宝蔵経には、このような話もあります。

 

 

山の中腹に大きな森がありました。

 

ある日、山火事が起きました。

 

一羽のオウムが、池を見つけ、

池の中に自分の体を浸して、

再び山火事の上空に飛んでいきました。

 

そこから、自分の体を振るわせ、

山火事に水をたらしました。

 

それをひたすら、ひたすら繰り返しました。

 

その様子を仏様が見ておられました。

 

そして、オウムにこう言いました。

 

「こんな山火事をお前の羽で、消し止められるのか」

 

すると、オウムは答えました。

 

「志あるところにできないことはありません」

「この育てて頂いた森への恩返しのために、

命が尽きるまで続けます」

 

仏様は深く頷いて、にっこりと微笑みました。

 

その後、黒い霧が現れ、雨が降り出し、

山火事がおさまりました。

 

 


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日本の最古の歴史書と言えば、

古事記と日本書紀です。

                                                            

実は、それよりも古い文書があります。

それが古史古伝、または超古代文献とも言われています。

 

この古史古伝は、歴史学の立場では偽書とされています。

学問的には価値がないとされていますが、

真実はどうなのでしょうか。

 

いくつか代表的な古史古伝を取り上げます。

 

 

 

『秀真伝』(ほつまつたえ)

 

1966年、松本善之助という編集者が偶然に

神田の古書店で秀真伝の写本の一部を発見したことから

世に知られるようになった。

 

その内容に少し触れると。

 

国之常立神が治めた国が常世国(とこよくに)。

この神には八柱の子がいた。

 

この八柱の子が、常世国から、世界中に派遣された。

 

常世国は、神々が暮らす理想郷で、

それすなわち高天原。

 

この高天原は、現在で言えば、

宮城県の仙台あたり。

 

 

 

『宮下文書』(みやしたもんじょ)

 

富士山北麓、山梨県富士吉田市の旧家・宮下家に

伝来する古記録、古文献の総称。

 

神武天皇が現れるはるか以前の超古代、

富士山北麓に勃興したとされる

富士高天原王朝に関する伝承など。

 

紀元前3世紀頃、

秦の始皇帝の命で不老不死の妙薬を求めて、

東の海へと船出した徐福(じょふく)は、

日本列島に上陸、富士山麓にあった都を訪れた。

 

その後、都に残されていた古代文字で書かれた

膨大な古記録を編纂し、

さらに徐福の子孫が加筆していったものが

この宮下文書とされる。

 

徐福来訪よりもさらに遠い昔、

中国の神・神農(しんのう)が

日本の富士山北麓に来て、都を築いた。

 

宮下文書は、日本神話に登場する神々は、

この神農の子供や子孫と伝えている。

 

富士山北麓の高天原は、突然終焉となる。

富士山大噴火が、その都を溶岩で押し潰したから。

 

宮下文書には、富士山噴火が詳細に書かれているが、

それが現在の地質学から見ても、

極めて正確な記述と言われている。

 

 

 

『竹内文書』(たけうちもんじょ)

 

皇祖皇太神宮の管長職を代々世襲してきた

竹内家に伝わる古文書。

 

世界の中心は、日本。

天皇は、日本のみならず世界の天皇。

 

天皇は、天空浮船(あめそらうきふね)に乗り、

世界中を巡幸し、農耕や牧畜、漁業、養蚕など様々な文化を伝えた。

 

また、五色人(赤人、黒人、黄人、青人、白人)が

世界中に分散し、それぞれの人種の祖となっている。

 

モーセ、イエス、釈迦、孔子、老子、ムハンマドなど、

日本に来て、天皇に仕えた。

 

 

 

学界では偽書とされるだけあって、

その内容は、どれもにわかには信じ難い。

 

でも、出口王仁三郎は、こう言っています。

「古史古伝で一番正しいのは宮下文書」

 

他の文献に関しても、

神霊的には価値があり、

必ずしも出鱈目ではなさそうです。

 

信じ難い面も多々ありますが、

神々の働きは、もともと信じ難いものですので、

その点を踏まえて、頭柔らかく捉えていきましょう。

 

 

 

 

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