絶対開運!遠藤裕行のスピリチュアル講座

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努力にも法則性があるのを知っていますか?
開運の第一歩は自分を知ること。
いくら頑張ってもうまくいかないのは?

 

 

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『さそり座』

                

【さそり座の神話】

 

オリオンは優れた猟師で、

狩りに出かけると、

いつも大きな獲物を捕らえていました。


力自慢でもあり、

「ライオンだろうと、熊だろうと、

このオリオンに敵うものは誰もいない」

と威張っていました。

これを聞いた天上の神々は、

「日々の獲物は私たちが与えてやっているのに、何と傲慢だ」

と怒りました。


神々はオリオンを懲らしめる相談をし、

毒ヘビや毒グモなど、

様々なものの中からサソリを選びました。

神々は一匹のサソリを放って、

オリオンの元へと向かわせます。


何も知らないオリオンは、

今日も威張っています。


隙をうかがっていたサソリはオリオンに忍び寄り、

毒の針で、踵をチクリ、一刺しします。

小さなサソリですが、

さすがのオリオンも毒には敵いません。


間もなく体に毒がまわって、

苦しみの末、息途絶えました。
 


この手柄から、サソリは星座となって

夜空に輝いているのですが、

オリオンもまた、星座になっています。


しかし、星座になってからも

オリオンはサソリを避けていて、

さそり座が空にあるときには、

決して姿を現しません。


さそり座が西に沈む秋になって、

ようやくオリオンは姿を現し、

さそり座の見えない冬の間だけ、

その姿を輝かせます。

 

 

 

さそり座の見頃は、

7月から8月までの2ヶ月間。


この時期に、南の夜空を見上げると、

天の川が見えます。

 

天の川の右側に

S字型の星座があります。

これがさそり座。

 

そして、そのさそり座の胸の位置に、

赤く輝く星があります。

これがアンタレス。

 

アンタレスはさそり座の心臓とも言われています。

 

 

 

アンタレスの語源は、アンチ・アレス。

 

アンチの意味は、対抗。

アレスは、火星の主宰神で戦いの神であり、戦争を現します。

 

このアンチ・アレスが訛ってアンタレスになったのです。

 

だから、アンタレスには、火星に対抗するもの、

という意味があります。

 

火星、すなわち戦争。

だから、アンタレスは、戦争に対抗するもの、

という意味にもなります。

 

 

アレス(戦争)に対抗するには、アンタレス(さそり座)。

オリオン(傲慢)に対抗するのは、アンタレス(さそり座)。

 

さそり座を動かすのです。

 

平和が訪れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は、天赦日一粒万倍日が重なる日。爆  笑

この日は、物事を始めるのに、

最適な日です。


一年でもこのような日は滅多にありません。

皆さんも何か始めると良いでしょう。
 


そこで始めると良い今日の日ですが、
私は始めます!ニヤリ

何を始めるのか。

本日より、

『東洋の聖人カード』クラウドスタート!!ポーン

 


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と思うでしょう。

オリジナルのオラクルカードです。

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遠藤裕行 拝

 

 

 

 

 

私は、子供の頃、

特撮ヒーローものが大好きでした。

アニメのヒーローものも大好きでした。

 

何故か、夢中になってしまいます。

そのストーリーにはまり込んでしまうのです。

 

 

スポーツ系全般が好きなのですが、

特に、高校野球には見入ってしまいます。

 

子供の頃は、高校野球は、

お兄さんたちが行っているスポーツと

感じていたのですが、

いつの間にか同年齢が高校球児になりました。

 

この時は、衝撃を感じました。

同じ年齢で、ヒーローになれるという驚きです。

 

そして、高校野球は、

年下の男が行うスポーツ。

 

さらに、高校野球は、

若者が行うスポーツ。

 

そしてさらに、高校野球は、

男の子が行うスポーツ。

 

遂には、高校野球は、

孫が行うようなスポーツと

感じていくのでしょう。

 

高校野球の感じ方が、

そのまま自分の年輪を感じます。

 

 

私は、音楽が好きで、

10代の頃は、よく聴いていました。

当時、最先端の洋楽を聴くのが趣味でした。

 

 

そして、昔は、良く旅行に出かけました。

 

学生時代は、バイトでお金を貯めて、

学期ごとの休みになると、

海外に出かけていました。

 

 

 

ヒーローもの、高校野球、音楽、旅行。

 

私の趣味は、そのような感じでした。

 

これらには、何の共通点もありません。

只、私は自分の心の赴くままに、

興味、関心を寄せていきました。

 

しかし、時が経つと、

それらに共通点があることに気づきました。

 

 

ヒーローものは、神霊界を現しています。

 

高校野球は、それぞれの地域の産土力が

現われています。

 

そして、高校野球が行われる甲子園球場は、

魔物ではなく、神が坐す地。

 

音楽は、神のコミュニケーション手段。

 

旅行で訪れた地は、

神が坐す地。

(稀に、魔が棲む地にも足を踏み入れてしまった)

 

 

私は、ヒーローもの、高校野球、音楽、旅行、

これらが何故好きなのか。

 

理屈抜きに、好きなものは好きなのですが、

それでも何故か、感性が揺すぶられるから、

好きなわけです。

 

その感性が揺すぶられるとは、

何か。

 

それは神。

 

ヒーローもの、高校野球、音楽、旅行、

それぞれに神を見出し、神を感じ、

それを求めていた。

子供の頃より。

 

 

結局のところ、

いつの時代でも私が求めているのは神か。

 

しかし、これは私に限ったことでは

ないかもしれない。

 

皆さんが何故か、昔からはまっている趣味。

理由は、わからないけど

とにかく好きなもの。

 

それはその先に

神を感じてのことかもしれませんよ。

 

そして、そう考えると

説明がつくのかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

 

『出口日出麿』

(でぐちひでまる)

                                  

大本教の第三代教主補。

1897年、岡山県倉敷市に高見元男として生まれる。

1928年、第三代教主となる出口直日と結婚。

大本教関連の様々な要職につき、

出口王仁三郎の後継者と目される。

 

 

 

日出麿は、王仁三郎に匹敵するほどの

優れた霊力の持ち主でした。

 

しかし、その割には、

日出麿の活動は知られておりません。

 

日出麿は、著書を何冊か出しておりますが、

それ以外は、特に目立った活動はありません。

 

王仁三郎の生涯は、76歳。

日出麿の生涯は、93歳。

 

93歳まで生きれば、長寿と言えるでしょう。

 

長寿だった日出麿は、

何故、その有り余る才能を

発揮することができなかったのか。

 

一言で言えば、拷問です。

 

過酷な拷問により、

日出麿は破壊されたのでした。

 

 

 

当時、政府は、

「大本を地上から抹殺する」

と宣言しました。

 

その矛先は、

高齢の王仁三郎より、

若く、将来性のある日出麿に向けられました。

 

日出麿に対する拷問は熾烈を極め、

日出麿の断末魔の悲鳴は、

王仁三郎の独房まで聞こえてきました。

 

後に、王仁三郎は、独房生活での

日出麿の悲鳴が一番辛かった、

と打ち明けています。

 

竹刀、焼け火箸、水責めなど

あらゆる拷問を受け、

遂に、精神の異常をきたします。

 

38歳で発狂。

日出麿は壊れてしまったのでした。

 

 

 

釈放されてからは、

もっぱら、芸術に勤しみます。

 

そんな日出麿のもとに、人が訪れます。

 

日出麿に会った人が、

日出麿は、精神異常者だと思えば、

日出麿は、精神異常者にしか見えない振る舞いをしました。

 

しかし、日出麿に会った人が、

日出麿は、今は、神仙に生きる立派な人だと思えば、

日出麿は、神仙に生きる立派な振る舞いをしました。

 

いつしか、日出麿は、

会う人が思う心を映す、

映し鏡と言われるようになりました。

 

日出麿を精神異常者だと思う人には、

そのように見え、

日出麿を神仙に生きる立派な人だと思う人には、

そのように見え、

要は、こちらが日出麿をどう見るか。

 

日出麿は、映し鏡。

 

 

出口日出麿は、神仙に生きる立派な人です。

 

 

 

 

 

 

 

『鑑真』

(がんじん)

                         

奈良時代の中国からの帰化僧。

日本における律宗の開祖。

 

 

 

当時の日本には、

僧侶が守るべき戒律がありませんでした。

 

これはどういう事かと言うと、

「今日から、私は僧侶だ」

と、勝手に自分で決めても、

僧侶になれるのでありました。

(私度僧)

 

僧侶は、重い税を免除されるので、

勝手に僧侶になって、

税を逃れる輩が続出しました。

 

困った朝廷は、

戒律を作るために、

中国の権威のある僧侶を招き寄せようとしました。

 

そこで招かれたのが、

当時、中国で随一と言われた鑑真。

 

鑑真は、この申し出を快く受け、

日本に向かおうとしますが、

途中、難破なので、

悉く失敗に終わります。

 

そして、度重なる困難で、

鑑真は、両目を失明してしまいました。

 

しかし、遂に6回目、

6回目でようやく念願叶って、

日本の地に着くことができたのでした。

 

鑑真は、朝廷から、

戒律に関する全てを一任され、

制度を整備していきました。

 

これで日本の仏教は、

大いに整備され、

発展の基礎が築かれていったのでした。

 

 

 

鑑真のお陰で、

日本の仏教は整備され、

今更ながら、とても感謝していますが、

異国の人でありながら、

何故、そんな命懸けで日本のために

行ってくれたのか。

 

それが真の仏教徒の勤め、

と言ってしまえばそれまでですが、

本当にそれだけか。

 

 

 

日本の歴史における多くの高僧は、

比叡山で学びました。

 

これこそ比叡山が、

日本仏教の母山と言われる所以です。

 

その比叡山を開いたのが天台宗の開祖である最澄。

 

言わば、比叡山を出た高僧にとって、

最澄は、師匠なわけです。

 

最澄が日本で広めた天台宗の開祖は、中国の智顗。

もはやルーツのような存在。

 

その智顗の師匠が慧思(えし)。

ルーツのそのまたルーツのような存在。

 

 

 

「南嶽慧思後身説」

というのがあります。

 

慧思が聖徳太子に生まれ変わっているという説です。

 

そして、鑑真が

どうしても日本に行かなければならい理由が

ここにあります。

 

慧思が聖徳太子に生まれ変わって、

日本で仏教を開いた。

 

そんな日本から呼ばれたら、

鑑真は絶対に日本に行かねばならぬ。

 

鑑真は、慧思を求めた。

 

もし、これこそが真実なら、

鑑真は、さぞかし本望だろう。