立川観光の下調べを始めようかと思った矢先、スマホが激しく鳴動します。画面を見ると、「Simonetta」の文字が浮かび上がっています。仕方なく、スマホをスピーカーにして、応答します。

 「シモネッタ、おはよう」。すると、暫く空白の時が過ぎます。「もしもし、・・・」と催促すると、漸く、シモネッタの声が聞こえて来ました。

 「御免、スクランブルエッグを作ってて・・」。お姫様育ちの彼女らしく、料理をしながら肩に挟んだスマホが床に落下したのでしょう。

 シモネッタは、どこで嗅ぎつけたか、小生の立川観光に、「一緒に行きたい」と宣います。「もちろん、真梨子さんコンサートも観たい」と図々しいこと云い出す始末です。

 小生の背後に嫌な気配を感じたと思ったら、義村と尼子が腕を組んで仁王立ちです。二人は、座椅子に凭れて、卓上のスマホでシモネッタとビデオ通話する小生を蔑む様に見下しています。

 義村の眼は、「懲りねえな」と云う雰囲気を醸し出しています。尤も、小生に後ろめたいところはありません。

 小生も、もちろん、シモネッタの重大なミッションは理解しています。しかし、そこは、深窓育ちの世間知らずなお姫様です。

 「少しは、息抜きも必要じゃない」。小生は、義村と尼子に目語します。しかし、二人が首を縦に振る様子はありません。

 「ねえ、西園寺」。シモネッタが甘えた声で、催促します。彼女だって、己の使命を忘れた訳ではないでしょう。

 「シモネッタ」と義村が割り込みます。彼は、サヴォナローラの魔手が彼女に迫っていると危惧しているのです。

 「分かっているわ」。彼女は云います。「ボッテイチェリのお兄様が、今、四方八方手を尽くしているわ」。

 「だからこそ」と尼子も口を揃えます。「だからこそ、今、目立った動きは、控えるべきなのです」。

 義村と尼子は、西園寺とシモネッタをサヴォナローラの魔手から守る使命があります。それが、閻魔大王から授かった尊いお役目と二人は信じています。

 シモネッタは、イタリアルネッサンスの大輪と謳われた都市、フィレンツエを代表する貴婦人なのです。ボッテイチェリは、彼女をモデルとした、「ヴィーナスの誕生」や「花(プリマベーラ)」で、中世を代表する画家として後世に名を遺しています。

 彼等らが、喧々諤々、口角泡を飛ばして言い合っていると、ボッテイチェリがビデオ電話に割り込んで来ました。曰く、「サヴォナローラは、一旦、フィレンツエに戻った様だ」と報告して来ました。尼子は、「間違いないのか」と質します。ボッテイチェリは、四次元跳躍して、現地確認したので大丈夫と請け負っています。