この会報には、特別企画?のチラシが挟み込まれていました。曰く、「高橋真梨子の曲で、勇気づけられた、感動のエピソードを募集!!」。

 「私は、真梨子さんの“○○”と云う曲で、勇気を与えられて、辛く厳しい環境から立ち直ることが出来ました」と云った感動のエピソード募集でした。

 当然、小生にも、「感度的」とは、云わないまでも、少なからず、真梨子さんの曲に勇気をもらい、背中を押された経験はあります。応募して、採用されれば、図書券5,000円分がプレゼントされました。メールでの応募も可能でした。しかし、小生には応募した記憶がありません。

 なぜ、応募しなかったのかは、今となっては闇の中です。2003年3月と云えば、小生は、48歳くらいでしょうか。ちょうど、ラインの部長を拝命した頃で、仕事に忙殺されていた時期かも知れません。しかし、真梨子さんのコンサートには、足繁く通っていたと思うので、さほど余裕が無かったとも思えません・・・。

 それは兎も角、小生の「感動?のエピソード」を紐解いてみましょう。ちなみに、真梨子さんの有料サイト「高橋真梨子 大辞典」の掲示板で、「『あなたが好きな曲 Best 3』とその『理由』について語ろう~♪」と云った企画がありました。

 ここに綴った小生の駄文は、奇しくも、この「感動のエピソード」と繋がるところがある様に思います。ちなみに、小生は以下の様に綴っています。

 一番目は「掌」です。「内容的には、若い女性が自分の哀しい恋の遍歴を嘆きつつも、明日への希望を新たにすると云った歌でしょうか。若い頃の真梨子さんの少しハスキーで太く柔らかな声が、切々とマイナーで訴える歌唱が小生の心に浸みました。当時、小生は社会人5年目くらいで、慣れぬ地方での工場勤務もあって、仕事にも、将来にも悩みの深い時期でした。「もう辞めるか」と何度か思った小生に仕事を続ける勇気をくれたのが、この曲でした」。

 「掌」は、真梨子さんのソロファーストオリジナルアルバム「ひとりあるき」に収録されています。作詞作曲は、真梨子さんと同郷で現在も親交のある、さだまさし、でした。小生は、この曲に励まされ、40年余に及ぶ会社員生活を全う出来たのかも知れません。

 次は、「遥かな人へ」です。「当時、小生は、ある顧客の生産管理システム更新ITプロジェクトの開発側責任者を務めていました。3年で、全ての顧客システムを再構築するプロジェクトで、頻発する仕様変更やら開発納期遅延、バグ対応等々で毎日が針の筵でした。毎朝、出勤するのが嫌だった小生の背中を押してくれたのが、TVから流れる真梨子さんの「遥かな人へ」の歌声でした」。

 「遥かな人へ」は、1994年の「NHKリレハンメルオリンピックテーマソング」でした。NHK側からの真梨子さんへの強いオファーを受けて、真梨子さんが書き下ろした、真梨子さん唯一の人生の応援歌と云って良いでしょう。出社拒否症になりそうな、小生を毎日の如く、勇気づけ、励ましてくれた一曲でした。