薬を飲まないで電車に乗るのは、想像を絶する苦しみがあります。
森田療法は、不安を取り除こうとしないで、不安をなくすことはできないから、不安を取り除くのではなく、不安があるまま(→あるがまま)行動していく、と教えています。
言わんとすることよくわかりますよね。
問題なのは、「あるがまま」、それを実践できるかどうかです。
だって、不安が強くて、不安でパニックを起こしそうになるので、病院で薬をもらって飲んでいるのですから。
しかも、昨日飲み始めたのではないのです。
ずっと薬を頼りに生きてきたのです。
例えるとこういうことでしょうか。
少々の頭痛は我慢できます。
しかし、頭が割れんばかり痛い時、止む無く痛み止めを飲みます。
頭痛が頻繁に襲ってくる方は、痛み止めが欠かせないと思います。
その人に、今まさに頭痛で苦しんでいる人に、こう言っているのと同じです。
「頭痛をあるがままに認めて、頭痛はそのままにして、やるべきことをしましょう。」
すなわち、薬を飲まずに電車に乗ることは、痛み止めを飲まないで仕事をするのと同じように苦しみ、痛みが伴うものなのです。
頭痛のほうがまだ楽だと言う方もいるかもしれませんが。
頭痛をあるがまま認めて薬を飲まないことと、不安をあるがまま認めて薬を飲まないことは、一つだけ決定的な違いがあります。
あなたは、それが何かわかりますか?
頭痛をあるがまま認めて薬を飲まないことを続けても頭痛が治ることはありません。
しかし、不安をあるがまま認めて、薬を飲まないで、電車に乗ることを続けると、少しづつですが、不安の苦しみから解放されます。
しかし、それには、根気と時間がかかるのも事実です。
本当に自由になることを強く希望しているなら、苦しくてもやるしかないと思います。
私は自力で、毎日、この苦しみと戦い、克服しました。
何度もやめようと思いました。
それでも続けました。
絶対薬をやめたかったから。
薬依存を克服して、薬に頼らない生活を送りたかったから。
一度始めた挑戦を途中でやめてしまったら、きっとそれっきりになってしまって、そして、途中でやめてしまった自分を恨んで、いつか自分が病んでしまうと思ったから。
続けた人だけが勝ち取れる。
続ければ、必ず電車に乗れるようになります。
あなたはどうしますか?




