パニック障害の薬依存克服法〜自力で電車に乗る!

パニック障害の薬依存克服法〜自力で電車に乗る!

東京のパニック障害、あがり症、不安症専門カウンセラー(森田療法、認知行動療法、日記療法)です。 20年間電車に乗れず、薬に依存していました。薬の副作用を経験し、自力で薬を克服しました。薬に頼らないで電車に乗れる方法をお伝えします。

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薬を飲まないで電車に乗るのは、想像を絶する苦しみがあります。


この苦しさと恐怖は、電車に乗れない人にしかわからない。

 

不安をあるがままに認めて、不安があっても、パニックになっても、やりたいこと、やらなければならないことをやっていこう。  

 

森田療法は、不安を取り除こうとしないで、不安をなくすことはできないから、不安を取り除くのではなく、不安があるまま(→あるがまま)行動していく、と教えています。

 

言わんとすることよくわかりますよね。

 

問題なのは、「あるがまま」、それを実践できるかどうかです。

 

だって、不安が強くて、不安でパニックを起こしそうになるので、病院で薬をもらって飲んでいるのですから。

 

しかも、昨日飲み始めたのではないのです。

 

ずっと薬を頼りに生きてきたのです。

 

例えるとこういうことでしょうか。

 

少々の頭痛は我慢できます。

 

しかし、頭が割れんばかり痛い時、止む無く痛み止めを飲みます。

 

頭痛が頻繁に襲ってくる方は、痛み止めが欠かせないと思います。

 

その人に、今まさに頭痛で苦しんでいる人に、こう言っているのと同じです。

 

「頭痛をあるがままに認めて、頭痛はそのままにして、やるべきことをしましょう。」

 

すなわち、薬を飲まずに電車に乗ることは、痛み止めを飲まないで仕事をするのと同じように苦しみ、痛みが伴うものなのです。

 

頭痛のほうがまだ楽だと言う方もいるかもしれませんが。

 

頭痛をあるがまま認めて薬を飲まないことと、不安をあるがまま認めて薬を飲まないことは、一つだけ決定的な違いがあります。

 

あなたは、それが何かわかりますか?

 

頭痛をあるがまま認めて薬を飲まないことを続けても頭痛が治ることはありません。

 

しかし、不安をあるがまま認めて、薬を飲まないで、電車に乗ることを続けると、少しづつですが、不安の苦しみから解放されます。

 

しかし、それには、根気と時間がかかるのも事実です。

 

本当に自由になることを強く希望しているなら、苦しくてもやるしかないと思います。

 

私は自力で、毎日、この苦しみと戦い、克服しました。

 

何度もやめようと思いました。

 

それでも続けました。

 

絶対薬をやめたかったから。

薬依存を克服して、薬に頼らない生活を送りたかったから。

 

一度始めた挑戦を途中でやめてしまったら、きっとそれっきりになってしまって、そして、途中でやめてしまった自分を恨んで、いつか自分が病んでしまうと思ったから。

 

続けた人だけが勝ち取れる。

 

続ければ、必ず電車に乗れるようになります。

 

あなたはどうしますか?

 

 

 

1錠飲んでいた薬が効かなくなった。

 

仕方がないので2錠飲むようになった。

 

しばらくして、2錠飲んでいた薬が効かなくなった。

 

あなたは、仕方がないから3錠飲みますか?

 


それは、長い間同じ薬を飲み続けることで薬が効かなくなってしまう、副作用です。

 

薬への耐性ができ、同じ薬の量では十分な効果を得ることができなくなってしまったのです。

 

その場合、さらに薬の量を増やすか、別の薬に変えるかの二者択一となるのが普通です。

 

薬の量を増やしても、しばらくするとまたその薬に対して耐性ができて、その量では効かなくなってしまいます。

 

私が長い間飲んでいた薬は精神に作用する薬ですから、耐性を育てるのは特に好ましくありません。

 

長期間の服用は薬への耐性を育み、強い薬でないと効かなくなる。

 

そしてその先に見えるのは「破綻」という文字でした。

 

少し考え過ぎでしょうか?

 

それまで1錠飲んで効いていた薬が、2錠飲んでも効かなくなってしまった。

 

「ついに薬が効かなくなった。」

「ついにこの時が来た。」

 

私は、安易に薬に頼って、薬に依存した生活をしていた。

 

「このままだと薬が効かなくなってしまう。」

 

でも、わかっていてもやめられない。

 

これは、薬物依存症です。

 

私は、知らない間に、覚せい剤などの薬物中毒に同じことになってしまいました。

 

医者には1錠飲んでも効きが悪い時はもう1錠飲んでいいと言われていました。

 

しかし2錠飲んでも・・・、という話をされたことはありませんでした。

 

私は、かかりつけ医に相談に行きました。

 

診察室で私は薬が効かない状況を説明しました。

そして、薬への耐性ができたこと、薬に依存し過ぎていること、このままだと自分がどうにかなりそうで怖いことなど話しました。

 

それに対して医者はこう答えました。

「お薬を変えましょう。ほかにもいい薬がありますから」

 

私が薬を飲むことに過敏になっている話をすると、こう答えました。 

 

「まずは、新しいお薬で様子を見てみましょう。」

 

医者には私のようなことは別段特別なことではなかったようです。

 

私も、新しいお薬が処方されたことで少し安心してしまい、話が噛み合わないまま診察室を後にしました。

 

しかし、その安堵の気持ちもすぐに飛んでいきました。

 

「二つ目の薬もいつかは効かなくなる。」

 

身体はこの種類の薬に耐性ができているので、二つ目の薬はしばらくするとまた効かなくなるはずです。

 

効かなくなるまでの時間はそう多くはないでしょう。

 

そして薬が効かなくなったら・・・

 

その頃の私は、薬が生活の土台になっていました。

 

生活が薬に大きく依存していました。

 

薬があるから生活が成り立っている。

 

薬への依存を断ち切り克服しなければならない。

 

薬を続けて「破滅」の道を進むか、


薬をやめて「自由」の道を進むか。


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「あの人、電車に飛び込むんじゃない?」

 

 

 

 

 

きっと私は駅員の間で話題になっていたでしょう。

 

「薬を飲まないで電車に乗る」朝のチャレンジを始めて1週間、毎回30分以上ホームで粘りましたが一度も電車に乗り込むことはできませんでした。

いつも最後は薬を飲んで終了です。

 

それでも、自分としては、諦めず続けていたのでちょっとした満足感はありました。

 

思いがけない収穫

電車に乗ることには失敗しましたが、思いがけない収穫もありました。

 

毎日ホームに立って電車に乗れない訳ですから、電車の中の人、またホームにいる人達が私を怪訝に見ていました。

正確に言うと、私はそう思っていました。

 

そんな周りの視線、無言のプレッシャーが身体の異変にさらに拍車をかけ、電車が止まっている間は身体中の異変が続きました。

 

あなたはこんなこと思っていませんか?

 

「電車の中では周りに迷惑をかけてはいけない。」

「電車の中で気分が悪くなったりするのはいけないこと、恥ずかしいことだ。」

 

私は普通に信じていました。

 

ところが、毎日このチャレンジを続けているとその考えに疑問が湧いてきました。

 

ほとんどの人は周りに興味がないのではないか。

 

多くの人が私を見ているというのは私の勘違いではないか。

 

毎朝同じ時刻に、私は同じホームの、同じ扉の前に立っていました。

心臓はバクバクして、

息は荒くなって、

手足は震えて、

周りを気にする余裕もなくて、

ずっと立ち尽くしている。

 

それなのに、私を見るのもほんの一瞬のみ。

みんな私には全く興味がない様子なのでした。

 

私を見ている人がほとんどいないことがだんだんわかってきました。

 

誰も他人には興味がないのではないか。

 

電車に乗る人、駅にいる人は他人のことなど気にかけていないという実感でした。

 

私はいつも周りの人を気にしている。

 

電車に乗れないのは、直接的には体の異変がきっかけですが、その身体の異変をもたらす原因の一つにこの人の目を気にし過ぎることも挙げられそうです。

 

電車の中では必ず具合が悪くなりますが、人が乗っていない電車ではそんなことは起きない、起きても何とか電車に乗ってられるという人は多いと思います。

 

この違いは人がいるか、いないかだけです。

 

私は電車の中で、他人の目を勝手に気にして、勝手に身体の異変を増幅させていたのです。

 

あんなに多くの人がいるのに、誰も他人のことを気にしていない、という事実。

 

私はその事実を正に身をもって実感しました。

 

そのことが私を少し楽にしてくれました。

 

人のことは気にしないで、電車に乗ることに集中できれば。

 

結局、電車に乗ろうと頑張りましたが、全く結果を出ませんでした。

 

しかし、誰も他人のことなんて気にしていないことがよくわかり、人の目を気にし過ぎている自分に気がつくことができました。

 

ところで、朝のチャレンジどうしよう?

 

このチャレンジ期間中毎日遅刻ギリギリでした。

このままだと遅刻をするのも時間の問題と思われました。

 

朝は時間が限られます。

 

私は翌週からは帰りの電車で挑戦することにしました。

 

 

ある日、薬が効かなくなったらどうします?


長年電車に乗れない私は乗車前に薬を飲んでいました。


その間飲んだ薬は3種類、途中で薬を変えています。

 


私が飲んでいた薬はいわゆる精神安定剤で、心を落ち着ける作用があるものです。


この薬の効用、効果は、緊張を鎮め、不安を和らげることにあります。

 

私は、この薬を朝昼晩といった定期に飲むことはしていませんでした。

 

緊張や不安が高まる時、緊張や不安が高まることが見込まれる時、事前に飲んでいました。


私の場合は通勤の往復にほぼ限られてましたので、1日2回、朝会社に行く前に自宅で飲み、夕方会社を出る前に飲んでいました。 

 

その薬は飲んで30分くらいで効果が出ていました。


行きも帰りも、駅に着く頃に効果が出るように自分で調整していました。 

 

自分で調整して飲んでも、その日の体調によっては効きが良くないときもまれにありました。


そんな時は、さらに同じ薬を半分だけ飲んでいました。


医者には2つまでは飲んでも構わないと言われていたからです。

 

2つ目を半分飲んで効果がないことはありませんでしたが、ある日の夕方を境に、追加で半分飲んでも効かない日が出てきました。


駅のベンチでしばらく休んで様子を見ましたが、状況は変わりませんでした。


その日は、もう半分飲んで帰りました。

 

薬が効かない、それからそんなことが度々起こりました。


一つ+半量では身体が満足しなくなって、最初から2つ飲むようになってきました。

 

そして、遂に、薬を2つ飲んでも効かない日が訪れました。

 

「ついに薬が効かなくなった・・・」

 

最も恐れていたことが起きてしまったのです。

 

私は薬がないと生きていけない。


薬がないと電車に乗れない。


電車に乗れないと会社に行くことができない。


会社に行くことができないということは失業する。


失業すると生活に困って・・・


奈落の底に落ちていく・・・

 

仮に薬を増やしていくとどうなるのか。


薬を増やしても、すぐに効かなくなってしまう。

そして、また薬を増やしていくと・・・

 

「薬物依存」

「薬物中毒」

「覚せい剤中毒」

「精神破綻」

 

頭の中で恐ろしい言葉がたくさん浮かんできました。

 

かれこれ薬を飲み始めて数年経っていました。


 

「いつまで借りられるかな・・・ 最近字を読むのが遅くなって・・・」

「いつもたくさん借りていかれるので、凄いなぁーと思っていましたよ。」

 

 

「ここでしか話す人がいなくて・・・」

 

図書館の受付から聞こえてきた会話です。

 

高齢の男性と受付の女性のやりとりです。

 

私は離れた椅子に座っていて様子は見えません。

 

でも十分想像できました。

 

聞いているこちらの心が暖かくなりました。

 

ほんのわずかの会話ですが、この老人の生活風景が想像されます。

 

そして、女性の何気ないことば。

 

そのことばは老人を優しく包み。

 

老人の笑顔が目に浮かびました。

 

電車に乗って動悸が激しくなったらどうしよう。

 

あがってしまってスピーチの途中で立ち往生してしまったらどうしよう。

 

この仕事が上手くいかなくなったらどうしよう。

 

私たちは、目の前の悩みでいっぱいになったしまっています。

 

目の前の悩みてさえで立ち往生しています。

 

そんな時は、すぐ隣にいる人のことなど気にする余裕がありません。

 

自分の悩み事でいっぱいな時だから。

 

ゆっくり周りを見てみる。

 

隣に誰かいませんか?

 

寂しくして人がいませんか?

 

あなたから話しかけてみてはどうでしょう。

 

自分がいっぱいいっぱいでも、人に優しくしてみる。

 

あなたの好意が伝わるかもしれません。

 

そして、他の人からすると、どうでもいいことで頭を悩ませている。

 

そう気がつくかもしれない。

 

私の悩みは小さなことだ。

 

そう思うかもしれない。

 

自分以外に目を向けてみましょう。

 

 そして行動してみましょう。