あれから20年以上 |   Life-size

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~ありのままで~

今日は、職員にものすごくげきをとばした。






がんばってくれてるんだけど、




どうしても仕事という位置づけで、




目的意識の低さがうまれてしまう。






怒ってればいいという問題ではない。






来年の春に、結果を出さなければならない。






そこに、願望めいたものは、僕はうすい。






受かってほしいなあ、受からせたいなあと言うようのりではない。






言葉にすれば、もちろん、「受かってほしい」、「受からせたい」となってしまう。




その言葉を発してはならないとかではない。




僕もときおり、ブログでそのような言葉を使うときがある。








願望は、達成を鈍らせる。






決意が達成をうながせる。






そう、思って生きていた。






だから、「決めるが前」という言葉も生まれた。








受からせる、そう決めないと、落ちても


勉強しなかったクラスのせいだったり、




よくある教師のセリフ、「あいつは数学のセンスがない。」




とかいって、できない生徒のせいにしてしまうことになってしまう。






僕は、センスが無いと思う生徒を陰で「センスがない。」と


語っても、意味が無いと思っている。



生徒で、センスがないと思ったことがない。

英語ができんと思ったことはある。

それはできないという事実であって、

できない原因を追求して、そのあげくセンスといういわば
うまれもったものという分析を生徒にする意味を1%も思ったことがないので、

言わぬよう努力してるのではなく、考えたことがない。


センスあるなあ、と感じたことはある。


この子、すごい感覚だなあとかでね。





センスなんて、あるやつがめったにいないんだから、




センスがないことは、問題ではなく、


そういう子達をどうするか、


というセンスが僕らに問われることだと思っている。






僕たちは、評論家ではないので、




ミーティングという講師だけの場でも、




「センスがない。」という言葉を使ったことは無いと思う。




あまり否定が激しい言葉は避けたい。






センスというのは本来あることが、特殊能力であるが、




実際はセンスが無いというのは、




全く出来る理由が無い、とか、




未来に可能性がない、という言葉の置き換えで使用していると思う。






生徒の可能性にどこまでもかけるか、




教え方を模索し続けるか、




それが僕らの大きな仕事のひとつ。






生徒はもっとできる。




もっと動く。






可能性を感じさせること。






可能性、




これを与えることが、






やる気の息吹だ。








可能性をもっと感じさせてあげたい。






心の底から伝えるためにも、




生徒のことを知ってあげないとね。






生徒の事実を。






なんていうかの前の話だよね。








そういうことを、講師に向き合って伝えた。








それを受けて、講師が、生徒に向き合ってほしい。








秋に達成せねばならぬこと、


なにをどこまでできるようにさせないといけないのか、




11月いっぱいでどこまで伸ばすのか。




ある意味、定期テストが邪魔する中で、






どこまで、できるようにするのか、






そのストーリーがなさすぎる。






ストーリーがないから、途中で




やばい、危ないとか思いようがない。






ラブストーリーを見て


ある人たちが結ばれること、もしくは、結ばれないこと


を期待するからその途中に、どきどきしたりするのだろう。



僕は興味ないから、全くドラマも映画も見ないけど。






ゴールからの逆算がないから、




完テが悪かったで終わってしまう。








送りだそう。






みんなの力で。








合格の後押しを。








みんなの力がいるんだよね。










朝礼で語りすぎて、つかれきった矢先、








卒業生が二人とそのうち一人の女の子の


子供二人が遊びに来た。




今日、来る約束をしてました。






一人は、およそ20年ぶり。






一人は、数年ぶり。








全然変わってなかったなあ。








中学のとき、とにかくよく笑ってた。






数年ぶりの子は




数年に1度必ず遊びに来る。






二人とも、僕が講師をやりだして、2年目、3年目に教えた子。






サラリーマン時代の子。






初めてその塾で校舎長をやったときが3年目、




そのとき、中3生。






初めて校舎長として、送り出す生徒たちだった。








僕は、教えることも好きじゃないし、


先生としての資質に欠ける人間なので、




子供をむやみにかわいいとか思う人間でもない。








しかし、とにかくかわいかった。










卒業生として、BBQをやったりなんだりで、


遊んでつながってるならまだしも、






遊んだことが一度もない。




どこかにつれてってあげたこともない。




ただ会社にたまにくるだけ。






それで、つながってるからすごいなあと思う。






僕じゃなく、相手がね。






僕の講師人生の中で、


貴重なものだった。






力の無い僕を






なんでそこまで、と思うほど、




牛川校の生徒たちは、僕を受け入れてくれた。






僕の中でも、あれ以上は一生ない受け入れられ方だったように思う。




僕は、本来人の上にたつような状況になると、
さほどうけいれられない人間だと思う。

欠落している部分がありすぎる。







数年ぶりの子は、本当にすごい子です。




僕が見た中で、すごい女、ベスト5にはいるかなあ。






サーキットに行きたいらしいのですが、




まあとにかく会社以外であったことないので、




また、みんなで一度くらい遊びにつれてってあげんといかんなあ。




もう卒業して、20年以上たつからなあ。








その子が、今年の3月結婚した。




本当にうれしかった。




本当によかったなあと。





結婚が幸せの価値観だときめつけてはいないが、
できれば、あの子にには結婚して、
幸せになって欲しいなあと遠くから思っていた。




東京からその報告がてらに、きてくれた。










もう一人の子は、20年ぶり。






オーストラリアで暮らして、10年くらいたつらしい。






そうだったんだね。










そのこは、おもろい子で、




「先生の授業、本当に楽しかった。




うちのだんなも先生で、オーストラリアでやってるんだけど、


だんなは、出来る子だけを拾って、出来ない子をどんどん切っていく感じで


そういうのがちょっといやだなあと。




岡田先生とはちがうなあ、岡田先生は、出来ない子もみんなをかわいがってたって


いっつも思ってた。岡田先生のようにできないのかなあと。」




というようなことを言ってた。








20年以上前で、塾の授業をそんなにも楽しく感じて、




そういう姿勢も何を見て、感じたのか、何も聞かなかったけど、




塾講師も生徒のすばらしい人生の1ページになりうるんだなと




思い出させてくれた。






そんな話しを聞いてて、




今日、講師に厳しく話したが、そんな風に思ってもられる可能性


がある仕事だということ。




1回1回の授業を大切にして、


子供にやる気や喜びや素晴らしい思い出を合格、プラスで


できるかもしれない。






教えてた生徒より、講師のほうが若い。




僕も年をとったんだなあと思った。






いつの間にかね。










開拓塾の卒業生が開拓塾に入社することもある。






それは最高評価みたいなものである。






そのとき、ある先生の授業に対し、僕に抱いたような


感情をあたえる授業をしてくれたのかもしれない。






卒業生が何年たっても、ある講師のもとへ慕って毎年遊びに来るとか。






披露宴によばれるとか。






僕はない。






結婚式なんて、あまり呼ばれないと思う。






それぞれが、それぞれのところで、




子供たちとのすばらしい出会いがときにあったりもする。






そのために、講師をやるわけではもちろんない。






僕らは、合格請負人。






でも、そんな中で、生徒にとって、




その生徒の人生に意味ある塾、意味ある授業、


意味ある先生であったということは、




とても意味深い。






まあ、なにより、あいつが結婚できてよかった。






心からそう思う。