ユダヤ教の聖地、嘆きの壁
まず、ユダヤ、イスラムについての情報を予備知識として記しておきます。
紀元前520年から22年かけて再建されたユダヤ教第2神殿が、紀元70年にローマ帝国によって破壊された際、部分的に残ったのが西壁、つまりユダヤ教の聖地、現在の‘嘆きの壁’だとされている。
唐突であるが、メッカ、メジナに次ぐイスラム教3番目の聖地が、エルサレム旧市街にある‘岩のドーム’である
金色に輝く岩のドーム
そして、岩のドームのすぐ西側にあるのが嘆きの壁であり、この‘イスラム聖域’は7世紀以後イスラム教徒の管理下にある。
神殿崩壊後、ユダヤ人は年に1度許可されている来訪時に帰郷の夢をこの壁に祈るようになった。だが、1948年の第1次中東戦争からヨルダンの管理下になり、ユダヤ人はこの壁に近づくことも許されないという状況に陥る。
そして、1967年、第3次中東戦争に勝利したイスラエルが東エルサレムを占領し、ユダヤ人は再び嘆きの壁で自由に祈ることができるようになり、ユダヤの悲願が達成されたという歴史を持つ。
向かって正面の壁が嘆きの壁。いつでも祈りを捧げるユダヤ人によって人が絶えることがない
左側が男性用、右側が女性用というように嘆きの壁はさらに壁で分けられていて、我々観光客も近づくことができるが、男はユダヤ人と同様帽子を着用しなければならない(入り口に紙性のハットが置いてある)。
日本人感覚で、‘祈るときに脱帽’なんてしたりすると周りの正統派の人に「貴様!帽子をかぶれぃ!」とジェスチャーされてしまうので気をつけよう。
壁に向かって前後左右にゆらゆら揺れながら祈りを捧げる正統派ユダヤ人
たまに正統派ユダヤ人の象徴ともいえる長ーーいもみあげをモミモミしながらさらにゆらゆらしながらお祈りしている人もいて、ちょっとしたコミカルダンス!?とも思えるかもしれないが、その場と祈っている人々の雰囲気に気圧され、ただただじっと見つめてしまった。
よく見ると石の間にはユダヤの人々の悲願を記した紙が挟まれていて、それを伝った夜露が‘涙を流すユダヤ人’を連想させ、いつからか嘆きの壁と呼ばれるようになったという。
ユダヤ何千年の歴史を集約したような嘆きの壁周辺には、日本のお寺のような感じではなく、‘聖なる祈りの場所’としての一種独特の雰囲気があった。



