碧南レールパーク | りんてつのぶら鉄路 〜BURATETSUJI〜

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おはようございます。

今回は2004年3月に廃線となった名鉄三河線の跡を整備した「碧南レールパーク」のご紹介をしたいと思います。
現在名鉄三河線の南側の終点碧南駅に来ました。
三河線は6000系が活躍していて一部の車両はLED表示器化や車内の更新などリニューアルが行われています。
行き止まりとなっている1番線には昼間は4両固定編成がお昼寝しているようです。

三河線が吉良吉田までこの先も延びていた頃は構内踏切で駅舎からホームへと向かっていました。
初めて碧南駅に来た時(1987年)の写真ですがこの頃はまだこの先も“赤い電車”が走っていました。
駅舎と反対側には留置線があり、赤い電車やレールバスが休んでいました。
今は昼間に留置されることは無いようですが夜間停泊などには使われているんではないかと思います。


碧南~吉良吉田間は1990年からレールバスが導入され非電化となりました。
1984年に先に八百津線や三河線“山線”で導入されていたキハ10形レールバスを大型化したキハ20形が導入されて後にキハ30形が導入されて末期は両車が活躍していました。

碧南以南の廃線後、2005年1月の改正から知立以南の通称“海線”もワンマン化されて5300系など本線系の車両は入らなくなり、三河線仕様の6000系と7700系が活躍しましたが7700系も2009年に廃車となり、三河線は6000系天国となりました。

ワンマン化の時期に無人駅システムが導入されて無人化されて以降も1947年に建てられた駅舎を長いこと使用してきましたが…
2019年に新駅舎に建て替えられました。
2番線の線路はホームから先も少し延びていて留置線として機能していると思われます。
この線路が車止めで途切れた先から遊歩道が整備されているのでその先へ向かってみます。
スーパーの裏を抜けて信号を渡ると「碧南レールパーク」の看板が掲げられた広場に出ます。
昔この付近には「大浜口」と呼ばれる貨物施設があったそうです。
路面に“2.3”の数字が見えますがこの先2.3km廃線跡を辿る遊歩道が整備されていますので歩いてみます。
碧南から1つ目の駅だった「玉津浦駅」跡の“玉津浦広場”。昔ここから貨物線が分岐していたそうでその分岐も再現されていました。
ホームは作り直したようですが上のベンチに座ってみると列車を待つ気分を味わえました😁
駅跡の広場以外にもところどころ遊具やベンチ、手洗い場などが設置されています。
「棚尾駅」跡の“棚尾広場”。ここのホームは現役時代のものを使っていそうですね。ここも遊具やトイレが整備されています。
途中には古そうな石碑がありました。橋の架橋記念に建てられた石碑のようですね。
その“棚尾橋”に続く道を横断歩道で気をつけて渡ります。この道は代替バスの「ふれんどバス」が走っていますがバス停からは離れていました。
さらに進むと駅ではない場所にちょっとした広場が。遊具をよく見たら…キハ30っぽいじゃないですか😳
沿線にホンモノの車両が展示してあったら面白そうですが…ミャンマーから戻すのは大変そうですよね😓 
3駅目の「三河旭駅」跡にある“三河旭広場”。ここもホームは現役時代のものっぽいですね。
この駅は3駅の中で唯一降りたことのある駅なのですが…あまり記憶に残っておらず…😓
最後はホンモノの線路となって小川の手前で途切れていました。碧南レールパークはここまでとなっていました。
この先、小川の橋は撤去されて橋台があったであろう場所は色が変わっているので辛うじてわかりますね。
橋の向こうは空き地になっていて矢作川を渡る為に堤防に向かって上がっていた築堤も崩されいました。
そして矢作川の堤防に上がってもどこに橋があったかわからないくらい跡形もなくなっていました。
川の向こうは西尾市になり廃線跡は一部は宅地化されてりしているみたいですが多くの場所には“ソーラーパネル”が設置されているみたいです。西尾市内の跡も辿ってみたいところですが今回はここまでにしておきました。

という訳で現役時代の三河旭駅付近。現在のトイレ(赤い建物)辺りから撮ったっぽいのですがなんでホームとか写してなかったんでしょうね…😞
現役時代の矢作川橋梁。
こんだけ橋脚があったのに全く痕跡が判らないのがすごいですよね😅
最後の写真は車内から見た矢作川橋梁です。
架線は無くなっても最後までレールを使った特徴的な架線柱は立っていました。

20211018 愛知県碧南市 碧南レールパークにて