本日から5/5(月)に引退された4回生のブログを投稿いたします!トップバッターは永村優吏(人健4/奈良北)です✨


野球を選んで良かった



先日引退しました永村優吏です。

あまり知られていませんが実は自分は双子でした。おじいちゃんが大のジャイアンツ好きで気付けば小学3年生の頃に双子の妹と一緒に野球を始めていました。今と変わらない安定の貧打で妹に勝るところは足の速さだけで、打撃において全て妹に負けていました。この小学生の頃に登美ヶ丘フェニックスというチームで関六準硬式では有名人立命館大学の津脇くんと二遊間を組んで頑張っていました(可愛い後輩です)。小学生の頃が1番しんどくて、でもほんまに楽しくてある意味1番野球していたなと感じてます。でもあれほど週末の土日を迎えるのが鬱だったことはありません(笑)



中学は学校の部活動で野球をやっていました。小学校からのメンバーほとんどが一緒でそこそこの実力もあり、最後の夏は近畿大会も経験しました。近畿大会などでは中学の頃から吹奏楽部の応援を経験させていただき、8番ショートのくせにイキってアフリカンシンフォニーを選曲して、近畿大会2試合ノーヒットだったのはちゃんと覚えています。



高校は野球レベルの高い大阪の私立高校と迷うこともありましたが、地元公立校の奈良北高校を選びました。夏場に長すぎるミーティングでグラウンドで後ろに綺麗に倒れたことは鮮明に覚えています。あの時地面がコンクリートであればと考えれば今でも恐ろしいです。3年時はこーみえて副主将やってました。守備において夏の大会のテレビ中継で「永村ゾーン」などと言って頂き非常に調子に乗っていました。本当に公式戦の打撃成績だけを見れば、関大準硬でも不動の1番バッターになれたことは間違いないです。



そして大学では、誇りを持って関西大学人間健康学部に入学しました。何度「左遷組。関大じゃない。体育大学。」と色んな方に言われたことか分かりません。大学は絶対に野球なんかせず、サークルでも入って遊ぶ気満々でしたが、受験期間で野球と離れたことで何でかまたやりたくなっていました。そこで学部の中にも準硬式チームがあった中、当時の僕は体育会を選んでいました。1年の頃は学校にスーツ登校で非常に浮いていましたが、ひろぽん(中野)、りゅうせい(木下)、たけむー(竹村)4人で人健に通う体育会準硬式野球部として耐え抜きました。下級生の頃からベンチに入れていただき、気付けば1年の秋から引退まで公式戦全てベンチに入っていました。当時の幹部の皆様には本当に感謝しかありません。昨年は地元奈良県のスターであり憧れの福留涼平さんと二遊間を組み、たくさんたくさんエラーをしたことや人生初の全日本選手権も経験でき一生の思い出になりました。



そして福留さんからピンクリストバンドと背番号2を受け継いだ最後の年、試合には出場していましたが、個人的に記憶に残る活躍はほとんどなかったです。目立った活躍もなく引退がかかった一次トーナメント決勝まできていました。相手がまさかの関西大学人間健康学部準硬式野球部に決まりました。対戦相手の顔を見てもいつも学校で見ている顔ばっかりで正直笑えません。結果的にサヨナラ負けという形で引退が決まりました。最終回の先頭バッターで自分がセカンドゴロを捌いて、先頭打者を抑えれば大丈夫だと感じていた自分はあそこでガッツポーズをしてしまったのが本当に甘かったと感じました。サヨナラの瞬間その場で立ち上がれず、相手が喜んでいる声を聞いたあの瞬間は一生忘れないと思います。これから学校に行けば自分達が引退を決められた対戦相手の顔をたくさん見ないといけないというが苦痛ですが、自分は体育会準硬式を選んで本当に良かったですし、勝ち進んだ人健のみんなにも本当に頑張ってほしいと思います。体育会に入ってたくさんの応援団、チア、関大準硬が好きで福留さんの影響で自分とこーた(西田)をよく載せて下さった野球大好きカメラマン女子さんなど色んな方と出会うことができ、本当に充実した時間でした。正直、野球なかったらほんまに終わってる学校生活送ってたことが大いに予想できるし、大学生にまでなって最後泣けるくらい本気で野球続けてきてほんまに良かったです。お世話になった方々本当に今までありがとうございました。



後輩へ

ほんまに最後の最後まで下級生の力借りて助けられたことは間違いないし、ほんまにありがとう。みんなにもほんまに全日を経験してほしいです。自分含めてカモな4回生が多くて、試合中ベンチに置いてるおれの水分を自分のかのように当たり前におれの前で飲み干す舐めた後輩(佐竹)もいたけど、野球なれば後輩みんなほんまに真剣に頑張ってくれて、嬉しかったし楽しかった。特にプライベートでもほんまによく飲んで遊んで電話もした蓮大、クソガキ佐竹2人が最後一緒に泣いてくれるくらい本気で野球できて良かった。ほんまに新チーム頑張って。

福榮くん病んだらあかんで(笑)

ほんまにみんなありがとう。



同期へ

残念やったけど途中退部が3人いた中、最後までやり切ったのはまずほんまにお疲れ様です。毎日の練習前後のしょーもない喧嘩がもう見れへんのはほんまにちょっとだけ悲しいかな。特に最後のトーナメントっていうのは今までにないくらい1球に吠えたり、ほんまに試合してて4回生みんなの気持ち感じれて本気になれて良かった。最後の試合っていうのはベンチ外れた4回生もちゃんと全員応援来てくれて、体育会準硬式でみんなと野球できてほんまに幸せやった。キャプテンしてくれた優真、他の幹部のみんなほんまに1年間色んな面倒いことあったけど最後までチームのこと運営してくれてありがとう。今からの残りの大学生活遊びすぎには注意しながら本気で遊びましょう。定期的にみんなで集まりましょう。



親へ

13年間ありがとう。小学校の頃から毎試合のように応援に来てるくれる両親で、大学でも昨年の全日で佐賀県まで足を運んで応援に来てくれるくらいの親が本当に大好きです。中学で部活動じゃなくて、外部で野球がしたい自分の思いとすれ違って揉めたこともあったけど、大会中の朝と夜、お父さんは庭で羽打ちをしてくれて、お母さんは通ってるのかっていうくらいバッセンに連れてってくれました。自分がツンツンを発揮して直接感謝を伝えることはなかったです。最後負けた日は2人が現地での応援が難しいとなっていたので、親がいない試合で絶対に引退は出来ないという思いで試合行ったけど、サヨナラ負けが決まりました。立ち上がれんかった時に真っ先に浮かんだのは親でした。試合終わってケータイ見たら親からLINEが来ててほんまに泣きました。今年も全日出て親を北海道に連れて行くことだけを考えてて、それが叶わへんかったけど残りの永村家の野球の楽しみはしょーご(弟)に託したいと思います。ほんまに13年間自分が真剣にやりたいように野球をやらしてくれてありがとう。