海川山野 漁人

海川山野 漁人

四季折々酒肴探求

今期二度目のホタルイカの素干し仕上がり

量を追求する事を止め丁寧を心掛け、雑に仕込むと原料の鮮度がいくら良くても何か食感と微かな臭いの違和感残り、拙い仕上がりは平たく無くて丸く細長い印象。

ホタルイカの大量接岸は2月3月4月5月に期待出来る物の、モノが良いのは2月、3月。

保存袋に小分けして、空気を抜き冷蔵保存。

沢庵消費も拍車をかける時期、常備菜として来る日も来る日も「おくもじ」が食卓に上り、食べ尽くすとまた仕込み。

前回よりも長めに水晒し

前回より薄めの和風出汁

自炊のメリットは自分好みに自在にチューン可能な点。

先日再び沿岸ホームフィールド観測。

ワカメ等海藻が伸び始め、生命感希薄だった沿岸水域に小さな魚影目視確認。

ケーソンの継ぎ目の潮の噴き出しに蝟集するのは「稚鮎」

平均気温や水温が高めの恩恵か例年よりも生育良好の印象。

金沢沿岸では内灘放水路で好調の情報、コレの素揚げでビール等とついつい思い。

そう言えばシロウオ(イサザ)の遡上が本格化するのもこの時期金沢港で稚鮎釣りをして居ると必ず少し混じつて釣れた事、岩手三陸沿岸在住時は海に直接注ぐ小川の河口付近の砂底や砂利底でバケツ一杯に掬った昔を思い返し、コレの素揚げもまた絶品!!

取り止めの無い思考に浸り。

山菜時期目前。

令和七年年度産山菜の在庫も漸く先が見え。

国産柑橘類の時期はほぼ終焉を迎え、今は南半球の種無し葡萄が果物の主力。

最近は米価も低下傾向、パン食の頻度も比例して低下。

いつものマーケットで見掛けたウヰスキー一瓶千円程度とお手頃価格、普段呑むならブラックニッカクリアかトリスが御用達な自分。

インペリアルガード ブレンデットのスコッチウヰスキー

ウヰスキーに付き物の何年物とか数字の表示は一切無し、若い原酒のブレンデットと思われ。

偶然ブラックニッカクリアが手元に有ったので比較してみるとワインで酔っていても判る程に甘い印象の香り広がりと年数が若くても確りとした樽の香りも感じられ、、、

釣り好きシマノ好きの自分感覚で「ステラ」が「山崎」と対応し今の愛機の「サハラ」をウヰスキーで例えるなら正にコレか!?コスパ追求の自分好みがまた一つ増えたのが嬉しく。

 

齢九十を越えた実家の母は奇跡的に介護も一切不要の有難い状態とは言え、先日の旅行で同行したケアマネジャーの資格を持つ兄嫁が入浴後体重を測ると34kg、普段体重を測る習慣が無い様子で一年前の記録では38kgで気を付けないと最近良く耳にする「フレール」に陥る危険性が有るとの事。

 

その後最近の様子を聞けば、段々自炊が億劫になり最近は自炊の比率を下げ外食でランチメニューの食べ歩き、飲食店のテークアウトも頻繁に利用、半月で体重が2~3kg増加したとの事。

実家滞在の土産に先日頂いた宮崎牛切り落とし持参、夕餉の「食事当番」は自分が担当。

3P頂き1P当たり約250g「筋が多く堅いよ、カレーやシチューがお奨め」と聞いて頂いた物の、目利きのシェフが厳選した宮崎の生産者直送の和牛そこらのマーケットで売っている物とは根本的に別物。

塩胡椒を振り静置。

その間バターでガーリックスライスや人参、サヤエンドウを焼き

次いでバターを追加しご要望通り良く火が入る様に宮崎牛を焼き最後に肉を焼いたフライパンでガーリックバターライスを炒め。

親子揃って魚食一辺倒の日常、基本的にそれで良いと思う物のたまにはガッツリ肉食を採り入れなければと反省しつつ酒杯傾け。

彼岸連休明け、今後雪道走行する事は無いと判断、社用車のタイヤ交換。

社内でガソリンスタンド等業者で交換しない物好きは自分のみ!?ここまで人任せを嫌うのは考え物かも知れぬと感じた今日この頃。

 

彼岸連休最終日、折角なので能登方面に出向く事に。

能登里山海道を北上、穴水ICより珠洲道路を辿り彼岸連休最終日、折角なので能登方面に出向く事に。

 

能登里山海道を北上し穴水ICより珠洲道路を辿る、桜峠周辺には僅かながら残雪見られ路面状態は思ったより良好、上町交差点より宇出津町野線を柳田植物公園を経て林道を九十九湾方面に進む、この区間は所々路肩が崩落し未だ令和六年能登半島地震の爪痕濃厚、沿道は見事な赤松林が連なり、所々ロープで縄張りされ嘗ての松茸一大産地の面影を感じ。

イカの駅 つくモールに震災以降初の再訪。

奥能登は発災後、軒並み人口流出と過疎化が加速。

能登町の人口減少も凄まじいモノが有り僅かでも交流人口増加に寄与したい所。

「レストランつくも」様で昼食、土産に「いしる」を購入。

九十九湾岸を散策、どうしても釣り人目線になる自分に苦笑。

椿の美しさに眼が釘付け。

復路は海岸沿いを進み宇出津へ、国道249号に入り穴水に向かい。

穴水に散在する「ボラ待ち櫓」久し振りの中居湾。

夕方5時頃金沢帰還、もう一踏ん張りでタイヤ交換。

日の入りが遅くなってきている有難さを痛感。

作業終了後、穴水のマーケットで奮発して仕入れた初物の「スイカ」で喉を潤し。

三連休二日目は次兄の招き有難く、父祖の地奥飛騨神岡に墓参に出向く事に。

予定に縛られた急ぐ道中では無く、高速道路は使わずに国道359号経由で越中八尾に向かい。

越中八尾で昼時を迎えたので偶然見付けた「和食亭 こもり」様にて昼食。

自分は「日替わり定食」兄は「てんぷら定食」母は「うな重」をオーダー。

待つ内にも年配者の地元客が次々来店、この雰囲気のお店は外れ無し!!

日替わり定食の焼き魚は何と「子持ち鮎」の塩焼き、アユ釣り好きの自分としては 令和八年の鮎初物が春彼岸の新記録!?

鮎は厳選素材をアリアリと感じられ、さすが鮎で名高い庄川と並ぶ神通川流域と唸らされる見事な焼き加減。

ご飯も米処富山、女性なら食べ切れぬ程のほぼ「どんぶり飯の盛り」に驚嘆、てんぷら定食のえび天の巨大さもお品書き以上、うな重が2000円で頂ける店を最近見た事無く!!

惜しむらくは今月28日を以て店舗営業終了との事。

笹津橋を越えた辺りから感じる「飛騨感」楡原、庵谷、猪谷、茂住を経て神岡に至る。

国道41号線は工事の片側通行が付き物だった物が神岡迄の区間で工事個所は一箇所も無く、すっかりご無沙汰の彼岸参り。

小学校6年生以来の「立ち達磨」再訪

過疎化が進み朝浦地区もすっかり変貌、空き家は取り壊され急坂には手摺りが付き石の配されたコンクリ舗装が綺麗な石畳に。

神坂の看板に当時「当たり前」と感じて居た急坂の特異性を今更ながら認識。

マンホール蓋には「チンカブ」(カジカ)

昭和五年建造された「藤波橋」渡り初めの折りはこのファインダー全てが人で埋まる程の賑わいが資料に伝わる。

昭和40年代中頃に再建された「神岡城」今思えばその当時こそ公害等の問題を抱えつつも一番賑わいの有った黄金期。

帰路、約40年振りに「割石温泉」に立ち寄り

今日では何処にでも有る「温泉日帰り入浴施設」昭和50年代には全国的に見ても稀有の存在だったモノ!!

当時の雰囲気其の儘に、恰もタイムカプセルを開いた様な感慨に浸る。

かほく市の次兄宅に戻り、近所のマーケットで食材調達。

地物の蟹は今季最後か、、、

酒杯を傾け飛騨に纏わる思い出話に花が咲き。