「もう駄目だと思った時、息子の姿がチラついた(井上尚弥)」

 

 

現在の社会は均一的になり、逃れられない仕組みの中で規則が増え、便利な反面束縛が多く生きるのは難しい。

そういった生活の中でスポーツを見ると、心が揺さぶられる。

伝わるのは勝ち負けの事実ではなく、真剣さである。

 

真剣さを目の当たりにしたとき、真剣になることの楽しさがわかる。

心がプラスの方向へ誘導される。

そして自分も何かを「やってみよう」と思わされる。

 

自分の生活を見つめなおす「時」をもらうことになる。

 

 

達成感、充足感を得るコツは与えられた才能を使い切ることだ。

やり遂げる、やりきるなどという表現が用いられる。スポーツ選手であれば、この感性を

礎にした選手は、対戦相手と戦うのではなく自分との戦いになる。

 

 

勝負に臨むことがすなわち自分を磨くことになる。その言動は哲学が加味されるようになる。

 

 

井上尚弥はボクサーとして日本史上最強の才能を持っている。

その戦い方は持っている才能を全部使うという戦い方をしていた。この戦い方をするボクサーは同種のタイプで自分を上回る才能を持つ人間と戦うと脆さが目立つ。

 

名護という才能に恵まれたボクサーがいたが、世界ランカーとは戦えず打ち合えず姿を消した。自分は「やり遂げる」というタイプの才能あるボクサーはあまり好きではない。

 

世紀の一戦といわれた井上とドネアの試合は壮絶な試合になった。

ドネアはいじめられっ子の弱虫だった。このタイプのボクサーは「見切り」の能力が高い。

 

相手を洞察し、戦い方や動きを正確に見極め予測する。

ほとんどのパンチが急所をとらえる。ヒットすると何かが破裂するように血しぶきが飛び散る。

強打かつ凶打。

井上は左目をやられ視界が封じられた。

勝負あったと思えた時、戦い方を変える。ガードに意識を置かず、拳をフルスイングする。

 

 

自身の希少な才能が壊されるような戦い方。

身を捨てた戦い方。

自分のための戦いではない。

 

 

身の回りの誰かに見せる戦い方をしている。

 

この戦い方をするボクサーには劣勢であったとしても、チャンスが一度は訪れる。

そして井上は勝利する。

 

勝利の女神を振り向かせる戦い方をして魅せた。

 

本当に強いボクサーは自分のためには戦っていない。

 

 

自分は受験期の子供に「自分のために頑張りなさい」「将来のために頑張りなさい」

と伝えることはしない。

 

「自分の周りにいてくれる人間のために頑張りなさい」というようなことを口にする。

 

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