「順調に勝ち続けているボクサーは、実は弱い(モハメドアリ)」

 

 

若かりし頃、講師の仕事をしはじめた時に赤い時計を買った。よれよれのスーツを着た自分は外面は気にしないタイプの人間だが、私にとっては高い時計を買った。

 

使い始めてから10年ほどたったころから、時計が日に10分ほど遅れるようになった。電車やバスを交通手段として使う身では、その時計はもう道具にはならない。

 

ただ腕時計は、その時計を身につけていた時の出来事と気持ちを思い出させてくれる。

 

 

 

 

 

 

今現在自分がどんな教え方をしているかは周囲の判断に任せるとして、その時計を買った当時、授業を上手にすることができなかった。

 

他の先生のもとで笑顔で授業を受けている子供を目にしながら、自分が教えている子供は無反応で無表情。

 

学生の時の私は出来は良くなかった。だが、学ぶという事は楽しいことだと教えてくれた先生がいる。





「偉人と呼ばれる人たちには共通の特徴があります。それはどんな特徴でしょうか。知識が不十分であったとしても、それを想像で補って理に適う回答をしてみてください。そこに君たちの頭の良さが顕れる」
 

                         

正解がなく、社会の視方が問われる質問。 

なおかつ、いつも楽しい物語を聞かせてもらっているような示唆に富んだ授業・・。

逆に私は子供に勉強を通して苦痛を与えてしまっている。

 

少しでもプラスの状況に変えるにはどうしたらいい?上手に教えるには?聞き手をとらえるにはどんな話し方をすればいい?

 

必死に、真剣に、取り組んだ。上手下手は別にして、その取り組む姿勢は受け手の子供の表情を変えた。ただ、もっと上手に教えることができたはずで成果も出せたはずだった。

 

その時つけていた時計は今は寝るときに枕元に置いている。
時々、今も仕事をしているときにつけている。正確な時刻を教えてくれることはないが、私はとても大切にしている。

うまくやれなかった時のことを思い出すようにしている。


物の価値の基準は心の内側にある。金銭に換算できないものの中に重い価値がある。

 




いつかモハメドアリのような言葉を口にしてみたい。



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休むことが許されず、
走り続けるような毎日でしたが、、、、

今年は本当にありがとうございました・
来年もよろしくお願いします。


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