おはようございます。Naoyaです。
先日Twitterにてチラッとつぶやいたことを、
ブログにまとめてみました。
読んでくれるといいなという人はいますが、
多くの人に読んでいただけると幸いです。
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人は生きていると、
傷つく出来事がいろいろとあります。
子どもの頃にもありますが、
大人になってからもあると思います。
(大人になってからの傷のが、意外と深かったり…)
ですが、
そんな自分の心の傷を、
コミュニケーションのための言語にしていませんか?
自分の傷を使って、
他人と絆を深めようとしていないでしょうか?
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虐待を受けたこと。
いじめに遭ったこと。
傷つく言葉を投げつけられたこと。
親や先生から認めてもらえなかったこと。
頑張ったのに達成できなかったこと。
他人と比較されつつ低い評価を下されたこと。
大好きな人からいきなり別れを告げられたこと。
失恋したこと。
離婚したこと。
降格したこと。
正当に評価されなかったこと。
努力が認められなかったこと。
会社から突然リストラ通達されたこと。
…などなど。
これらはほんの一部ですが、
他にも傷つくきっかけになる出来事が、
人生にはいろいろあると思います。
自分は悪くないのに、
傷を負ってしまうこともあります。
あるいは相手は傷つけるつもりがなくても、
不可抗力や誤解によって生じる傷もあるでしょう。
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親しい人との関係をより深めていくとき、
それまで歩んできた過去について
話をすることがあると思いますが、
心の傷を打ち明けるなんて場面もあるでしょう。
そんなとき、
相手も同じ傷を持っていたりすると、
何とも言い難い共通言語を手に入れた感覚があったり、
「わかってもらえた」という安堵を感じたり、
共感や仲間意識みたいなものが生まれることもあります。
そういう共感や安堵を「癒し」と勘違いして、
距離を一気に縮めるための便利なツールとして、
自分の傷を使ってしまう人がいます。
あるいは、他人からの同情や関心を引きたいがため、
心配や目をかけてもらいたいがために
自分の傷を売りにしたり、
プロフィールにする人もいます。
誰も聞いていないのに、
自分の傷を一方的に語り出すのです。
(Twitterでそんな人をたまに目にします。プロフ、ツイート含めて)
無意識にそうしちゃってる人もいるみたいですが。
でもそういったことは、
過ぎ去った過去の傷を「今」のものとして、
自らの手で生き続けさせるのと同じことです。
傷を癒やしたいと言いつつも、
傷を語り続けることによって、
逆に傷に力を持たせることになってしまい、
傷が癒えるときはまったくやって来ないでしょう。
もし、そういうことをしているのなら、
今すぐ気づいて止めてください。
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僕のセッションやワークショップでは、
「許す」という単語が飛び出すことが多いです。
過去に自分を傷つけた人たちを許すことが、
自分自身を大切にすることでもあります。
傷つけた人たちを許さないことで、
自分自身を傷つけ続けることになるからです。
ある意味の自傷行為。
自分も許してあげることが必要です。
他人に理解をしてもらいたいからといって、
自分の傷をコミュニケーションの言語に
することはやめること。
本当に自分自身を癒したいのであれば、
自分の傷への執着を手放してください。

