ここまでの3日間の巡礼の旅も充分に濃密でしたが、
4日目はより濃密さを増すものになりました。
4日目は「裏熊野」を巡る旅。三重県のエリア多めです。
3泊目の夜、那智勝浦の宿で山伏の中澤さんと、
宿の本棚から見つけてきた熊野のガイドブックを見ていたら、
行ってみたい場所がいくつかあったので、急遽そこにも行くことにしました。
早朝から飛瀧神社へ。まだ誰もいない那智の滝を山伏の中澤さんと参拝。
いつも観光客が来る前にそうしています。
那智の滝では毎回、ちょっと時間を長目に取って、
山伏の中澤さんと参拝した後、
それぞれ別行動で瞑想したりぼんやりしたりしています。
那智の滝を後にして、大馬神社へ行きました。
中澤さんが本で見つけた神社。
海沿いにある大きな獅子岩が狛犬にたとえられていてるそうで、
神社には狛犬がいません。
熊野国総鎮守、坂上田村麻呂が
討ち取った賊の首を埋めた上に建てられたそうです。
鬼ケ城に隠れ住んで、熊野の海を荒らし回って鬼と恐れられた海賊だそう。
境内には禊の滝がありました。
奥まったところにあるせいか、誰もいない静かな場所。
禊の滝の奥にはさらに大きな滝がありました。
花窟神社へ行きました。神々の母イザナミノミコトの御陵。
白砂が敷き詰められた境内はどことなく南国っぽいテイスト。
社殿がなくて、ご神体は高さ45mの岩。
その向かいにはイザナミノミコトの子ども、
火の神カグツチノミコトが葬られています。
半年に一度執り行われる御綱掛けの神事は、太古の昔から続いているそうです。
花窟神社から産田神社へ。
産田神社はイザナミノミコトがカグツチノミコトを産んだ場所。
花窟神社の華やかさと比べると、かなりひっそりとしています。
僕が好きな神社のひとつ。
写真は撮っていないのですが、白い石がびっしりと並べられて、
どことなく海の波を表現しているようです。
産田神社から車で奥の方へ行き、まないたさまという神社へ行きました。
住宅街にひっそりとある神社。いや、神社というか、
地元の人たちが祈りを捧げる磐座信仰の場。祈りの原型。
神社という名称でないですからね。
ちょっとした駐車スペースに車を停めて、林の中を10分くらい歩きました。
磐座の横のちょっと奥まったところに小さな滝のようなせせらぎがあり、
岩につかまりながら中澤さんがそこへ行きました。
ちょっと遅れて僕が隣に行くと、
そこで中澤さんが般若心経や真言が唱え始めました。僕も一緒に唱えました。
車でさらに山奥へ行き、丹倉神社へ。丹倉と書いて「あかくら」と読みます。
「丹」とは水銀のことらしく、
「丹」が地名につくところは水銀が産出されるそうです。
丹倉神社も社殿のない磐座信仰の場です。
かなり巨大な磐座でしたが、
岩を割るように木が生い茂っていました。
丹倉神社からさらに山の奥へ向かい、大丹倉(おおにぐら)へ。
ここは熊野天狗鍛冶の発祥地であり、修験の行場であった大絶壁です。
丹倉の山守をしていた近藤兵衛という武士がいて、
砦を守りながら鍛冶をしつつ、
夜は修験者として大丹倉の岩壁に篭って荒行をしていたそう。
神出鬼没の行状から、里の人たちは彼を天狗さまと畏敬するようになったのだとか。
高倉剱大明神には、行者が残していった剣が埋められているそう。
樫原神宮遥拝所の碑も参拝した後、横にある大きな岩を登ってみました。
写真だと伝わりにくいのですが、かなりの断崖絶壁。
そしてとにかく高いんです。
中澤さんが高らかに法螺貝を鳴らしました。
…と、ここで巡礼の旅が終わるのですが、
帰る道の途中、海沿いにある丹敷戸畔(ニシキトベ)の墓を
お参りしようと中澤さんからご提案がありました。
神武天皇に殺された熊野の女酋長と言われる謎の人物です。
その墓がある山の上まで階段を登って行ったのですが、
頂上に着いたとたん、どうも僕は入りたくない感覚があったので、
中澤さんがひとりでお参りしに行きました。
待っていると、かなり大きな蜂がこちらに飛んできたので下へ退散。
もしかしたらそこをお参りすることは、
プロの山伏にお任せしてあなたは引っ込んでなさい
…ということだったのかもしれません。勝手な解釈ですが。
僕が熊野を旅するきっかけになったのは、
京都の晴明神社の宮司さんから一昨年9月に託されたお告げでした。
写真はそのお告げをいただく直前、御神木に手を当てる僕。
このときはそんなお告げを託されることすら知りません。
お告げをいただいた1週間後くらいには山伏の中澤さんと知り合い、
今回まで3回熊野を巡礼させていただきました。
まるで熊野へ僕を連れて行くための使者のように、
僕の目の前に現れました。
僕の熊野が毎回素晴らしい旅になるのは、中澤さんのおかげです。
山や森、熊野のことに詳しいだけでなく、
僕が何を求めているのかを詳しく説明しなくても理解してくれているので、
この人なくてはこんな熊野は実現しなかったと思います。
改めて深く感謝です。
熊野の帰りは京都に寄らせていただいています。
そして、着いた日の翌朝、晴明神社へのお礼参りは欠かしません。
今回の3回目の熊野の旅で、ひと区切りついたような感覚があったので、
晴明神社の宮司さんにおうかがいしたところ、
やはり今回の旅で熊野はひと区切りなのだそう。
別な山や森にも出向いてみることを新たなお告げとして託されました。
もちろん熊野へはまた行くつもりですが、
新たに気持ちを切り替えて行きたいと思います。
まだまだ旅は続くよ。
おしまい

















