
おはようございます。Naoyaです。
最近は本を読むことよりも、
音楽を聴きまくっているのですが、
映画なんかも観たいなぁと思っていました。
そんな流れで、映画「怒り」を観てきました。
観終わった後、いろんな感情が交錯していて、
ひと言で言えない余韻。
東京、千葉、沖縄それぞれで真実が判明していくとき、
すべて泣きました。いろんな種類の涙。
詳しくは書きませんけど、
でも、心に一石を投じる作品に出会えた感じです。
ミステリーではあるけれど、
もっと奥深い心の部分がテーマになっている群像劇で、
余韻に浸りながらいろいろと考えちゃっています。
観終わってから、
李相日監督と妻夫木聡くん、綾野剛くんの
インタヴューのこのパートを読んでいたら、
ハッとさせられる発見がありました。
それは妻夫木くん演じる優馬と
綾野くん演じる直人という恋人同士が、
真正面から向き合う関係ではなく、
隣で同じ景色を見ている関係だった…という部分。
お互いが鏡みたいな存在だから、
向き合うとジレンマを感じるんじゃないかという
ニュアンスを含ませて、
ふたりの関係を描いていたらしいんです。
真正面を向き合ったのは、
出会い頭でいきなり体の関係になったときだけ。
だけどそれは単なる物色であって、
心が繋がっていくほど隣で同じ方向を見るようになる。
そんな描き方をしていたんだとか。
妻夫木くんと綾野くんの
役づくりのエピソードを読んでいて、
なるほどなぁと思いつつも、
「隣で同じ景色を見る」というフレーズを見たとき、
先日見つけた秦由佳さんという方のブログの
このエントリーが頭を過ぎりました。
要するに、これは僕がよく言っている
ハワイの人生哲学「3つの自分」における
「頭で考える自分(顕在意識)」と
「本質の自分(潜在意識/インナーチャイルド)」
の関係性のお話なんです。
そのふたつの自分が真正面から向き合うと、
「頭で考える自分」が
「本質の自分」のことを批判しようとしたり、
変えようとしたり、支配しようとするわけです。
秦さんがブログでおっしゃる通り、
「頭で考える自分」が
「本質的な自分」の
隣に並んで同じ景色を見ることはとても大切です。
そうしてこそ自分と対話ができるようになるし、
本当の意味で自分と向き合うことができるからです。
他人に対しての向き合い方も、
これとまったく同じことだと思います。
恋人同士、夫婦、親子、
あるいは上司と部下などにも当てはまります。
要するに、真正面で向き合ってしまうと、
相手に対してジレンマを感じることや変えたくなること、
反発したくなること、批判したくなること、
律したくなることが出てくるでしょう。
真正面から向き合うと、
関係性が上手くいかないことのが多いと思います。
実は僕は、あるときから
クライアントさんとのセッションは、
真正面から向き合うことをやめていました。
まさに、セッションのときはクライアントさんの隣で、
クライアントさんと同じ景色を見ている感じです。
あ、誤解する人はいないと思いますが、
実際に真隣の席に座るという意味ではありません。
クライアントさんがそのときに見ている景色、
あるいは本当に見たい景色を、
隣に並んで一緒に見るようにセッションを進めています。
「その人の世界観に立つ」
「寄り添う」
「立場を理解する」
そんな表現もできますが、
隣に並んで一緒の景色を見るという表現の方が、
僕はしっくりときます。
こういうセッションのやり方になったのも、
僕の自分自身との向き合い方が変わったからです。
かつての僕は自分と対話するときには、
真正面から向き合っていました。
向き合うこと、イコール、
真正面からだと思っていたからです。
その結果、
「頭で考える自分」が
「本質の自分」を変えようとしたり、
ダメ出ししたり、律しようとしていました。
自分との対話を穏やかに始めても、
いつしか戦いみたいになってしまい、
違和感やもどかしさ、辛さを感じることも多々ありました。
でも今は、自分と対話するときには、
「頭で考える自分」が
「本質の自分」の
隣に立って同じ景色を見るような感じです。
自分自身のこともそうですし、
大切な人ともそうですが、
真正面から向き合うのをやめにして、
横に並んで隣で同じ景色を見てみてください。
程よい距離感が生まれて、
自分に対して寛容さや慈悲が持てて、
無理をしない人間関係が手に入ると思います。

