
先日、会社経営者の知人と話していたとき、
対面コミュニケーションの大切さの話題になりました。
親と子、妻や夫と、恋人同士、
上司と部下、仕事仲間、友達同士…などなど、
日常の中ではいろんな人を相手に
コミュニケーションをする機会があります。
できる限り顔と顔を合わせて、
相手の表情の変化や動き、声の振動やトーン、
互いの間に流れる空気感に触れながら
会話をすることは本当に大切だと思うのです。
距離的に難しいときは
電話や音声通話でもいいですが、
とにかく声によるコミュニケーションが、
今の時代は足りないんじゃないかな、と。
今はLINE、Facebookを初めとしたSNSなど、
便利なツールがたくさんあるからこそ、
それに頼って顔と顔を合わせた
コミュニケーションを簡略化しがちです。
僕にとってそれらのデジタルなツールは、
対面のコミュニケーションを補足したり、
より豊かなものにするためのものだと思っています。
あるいは、遠距離でなかなか会えない人との
橋渡しのような役割として捉えています。
まずは対面のコミュニケーションありき。
その上で、ツールを使うというのが
自然な流れではないかと思います。
でも今は、それらのツールがメインになって、
肉声でのコミュニケーションをしないままというのも、
普通なことだったりします。
人とまったく喋らずに
コミュニケーションが成立するなんてことも、
今の時代では普通にあると思います。
声というものを発する機会が、
どんどん失われているように思えます。
今どきの人は声を出す機会が少ないからこそ、
感情を吐き出すことができなくて、
心のバランスが傾いているように思うのです。
以前働いていた会社の話。
そこは常に無音な空間で、
だからこそ、必要以上に音を立てないことが
暗黙のルールみたいになっていて、
ちょっとした会話だったらオンラインのチャットで
済ませるなんていうのが当たり前。
隣の席の上司とですら、
チャットで話しているなんてことも普通にありました。
Facebookで繋がったままもう何年も会っていないものの、
「いいね!」をこまめにしてくれるだけという人が何人もいます。
でも、それをコミュニケーションとは
呼びたくないなぁというのが、
僕の正直な気持ちです。
自分が何をどんな風に感じたのか。
どういう感情が湧き上がっているのか。
それを声で喋って伝え合いながら、
人とやり取りをすることが僕は好きだし、
喋ることによってエネルギーが循環していくのです。
言葉には魂が宿っていて、
声という振動で強いエネルギーを帯びます。
それをやり取りし合うことこそ、
本当のコミュニケーションなのではないかと思います。
人と会うことや声を出して話すことが面倒。
だけど、誰かとコミュニケーションが取りたい。
そんな裏腹さが叶ってしまう今の時代に、
とてつもない違和感を感じています。

