
神社へお参りをするときに
神様と繋がろうと思うのであれば、
自分の中にスペースをつくらない限り
神様と繋がることは難しいでしょう。
自分の中にスペースををつくってください。
ごちゃごちゃと考えないこと。
頭の中の雑音をオフにすること。
お願いを押しつけないこと。
その場の空気を感じること。
風を感じてみること。
湿度や温度を感じてみること。
匂いを感じてみること。
もっと感覚に身を委ねてみること。
プラスの状態からマイナスの状態へと切り替えて、
自分自身の中に余地をつくることは、
何より大切だと思うのです。
今日の朝マナはラカ。
男性性と女性性のバランスです。
でも今日は、
額面的な男性と女性の話ではなく、
能動と受動の話というか、
まさにこの神社での参拝の仕方と同じく、
自分の中に余地をつくることの大切さを
メッセージとしてドロップしました。
オンになりがちな頭をオフにして、
もっと神聖な領域に身を委ねるという感じ。
熊野の巡礼の旅のときに行った玉置神社は、
これまで行ってことのある他の神社とは
まったく違っていました。
個人的なお願いをする場ではないということが、
その場の空気感ですぐにわかったのです。
ただひたすら自分を無にして祈る場。
恋愛がどうのとか、仕事がどうのとか、
そういう個人レベルなことを願う場ではないのです。
今回の熊野ではすべて、
個人的な願いをするのではなく、
自分の中に余地をつくってひたすら祈りました。
最近、神社で個人的なお願いをするのは、
二十一日参りのときだけにしていて、
あとはただひたすら自分の中を無にして祈っています。
神社に行くと個人的なお願いをする人は多いです。
別にそれが悪いことではないと思います。
でも、たとえその願いが叶ったり、
あるいは解かれたい苦しみから解放されても、
お礼参りをする人は少ないのではないでしょうか。
お願いするときばかりすがりついて、
あとはそのままというのは
心に余地がない証だなと思うのです。
今日の朝マナでのキーワードとなった
インスピレーションというものは、
心に余地がないと降りてこないものです。
どんなに凄い神社に行っても、
自分の中に隙間がなければ、
その恩恵に与れないのではないでしょうか。
当たり前のように存在して、
当たり前のようにいただける恩恵に、
心から感謝すること。
心に余地を持つことを意識してみてください。

