御年80の宮司さんによるとても当たる鑑定があることを、境内にいた男性参拝者が教えてくれました。いつもはかなり混んでいるものの、そのときすぐに入れますよと言われたので、迷うことなく鑑定していただきました。
宮司さんいわく、僕の今の仕事は天職だから、その能力をさらにアップさせるために山を歩き、山や滝からエネルギーをもらいなさいとのこと。熊野古道を歩いて体得しなさいと言われました。
熊野古道にはいくつかのルートがあるのですが、その中でも一番ハードな修験の道である大峯奥駈道や、熊野の奥の院と言われる玉置神社に行きなさいとのことでした。
そんな場所にひとりで行くのは無理っぽそうなので、ガイドをしてくれる山伏や修験者のような人を探さなくてはと思って、ネットで調べていたところ、1週間後には富士山を初めとした山のガイドをしている山伏の中澤康広さんという方と出会っていました。
そして、プライヴェートガイドとしてお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。
ですが、そのときすでに大峯奥駈道が冬季で閉山しているため、春まで待つことになり、今回やっと行くことができました。
出発当日の5/11の朝。中澤さんとは奈良で落ち合い、彼の車で熊野を目指しました。前日からひどい雨で、落ち合ったときも雨。目的地の十津川村の天気を夜中にこまめにアプリでチェックしていたところ、ずっと凄い雷雨のまま。かなりの晴れ男と言われる僕も役立たずなのかなぁと思っていました。
行く前にいろいろと調べていたら、玉置神社はとても強烈なエネルギーの神社で、どんなに行きたくても、呼ばれていないと辿り着けないという話を耳にしていました。
「そんなにひどい天気ってことは、もしかしたら呼ばれていないのでは…」
そう思っていましたが、車を走らせていくほどに、雨が徐々に弱まっていきました。そして、最初に立ち寄った天河大弁財天社に着いたときには、すっかり雨は止んでいました。本殿でお参りをした後、その近くにある禊殿の目の前にある川辺へ降り立ちました。
川の対岸には六角形の大きな岩があるのですが、この岩の方向に手を合わせて強く願うと、この岩に一度願いがぶつかって、増長されて天空へ飛ぶのだそうです。
六角形の岩に向かい、中澤さんが祝詞を唱えた後、法螺貝を高らかに鳴らしました。

六角岩は小さく見えますが、実際にはもっと大きいのです。
中澤さんとは去年の9月にネットで僕が探し当てて、お会いしたのは今回が初めて。何度かメッセージのやり取りや電話でお話しをしていましたが、初めて会った感じがまったくしませんでした。
天河大弁財天社を後にして、玉置神社をどんどん目指しましたが、とにかく凄い山道の連続。土砂崩れなどによって、前日まで普通に走れた道があっけなく通行止めになるということは日常茶飯事。都会じゃありえないし信じられないと思うことも、自然と共に生きているエリアでは当たり前のこと。玉置までの道が塞がっていないことを祈りました。
玉置神社に呼ばれていない人は、道が土砂や落石で塞がっていたり、タイヤがパンクしたりエンストを起こしたり、はたまた玉置神社の駐車場で頭痛を起こして入れなかったり…なんていう話も聞いていたので、本殿にたどり着けるまでは気が抜けませんでした。
山道を延々と走り、山の上を目指して行きました。玉置神社は玉置山の9合目あたりに位置していて、日本で一番大きな村の十津川村から車で上がることができます。とにかく山道をひたすら走って、やっと玉置神社の駐車場へ辿り着きました。本当に嬉しかったです。駐車場からの眺めはこの通り、まったく何も見えないほどの深い霧。

晴れていれば美しい山脈が見えるらしいのですが。

玉置神社の第一鳥居。誰でもウェルカムじゃない雰囲気。畏怖を感じます。
玉置神社の第一鳥居から本殿までは、これまた山道を歩いて15分ほど。とにかく凄いのです。気軽に入れる雰囲気じゃないのは感覚的にわかりました。万人にウェルカムじゃないのです。ホント、何が起こるかわからないので、本殿に辿り着けるまでは気が抜けない感じ。

本殿までの参道という名の山道は、木や岩しかありません。
気軽に行ける場所じゃない分、手つかずの自然がそのまま残されていて、凄い造形に目を奪われます。それはまるで、ジブリアニメの世界。って、僕、ジブリ作品はひとつも見たことがないんですけど。

本殿。中澤さんと僕以外、人が誰もいませんでした。
無事に本殿に辿り着けました。ホント、この日のために願掛けでふた月も断酒して、近所の熊野へ連日祈りを捧げていたので、喜びもひと際です。玉置さんに呼んでいただけたこと、心から感謝です。
玉置神社で祀られているのは、国之常立神(くにとこたちのかみ)という、古事記の最初のところの一行にしか出てこない大地そのものを神格化した神様。宇宙が誕生し、国土がまだ混沌とした状態のときに登場して、国土を凝集させて生命が宿る大地をつくり上げました。地震にも関係があるそうで、このタイミングでの参拝はとても意味があると感じました。伊弉諾尊(イザナギノミコト)や伊弉冉尊(イザナミノミコト)、天照大神、神武天皇も祀られています。

さりげなく「悪魔退散」というワードが。
本殿の横にあった木の根元を見るとたくさんの白石が置いてあり、これにも意味があるんだろうなと思いました。

絶対に、特別な意味があると思う白い石。
玉置山は、ちょうどシャクナゲが満開のタイミング。半透明のピンクの花びらが美しかったです。あとは、とにかく凄い樹齢の杉の巨木がたくさんありました。

ちょうどシャクナゲが満開の時期でした。雨に濡れてさらに美しく。

さまざまな時代を経て、ただただそこで息づいている樹齢三千年の杉。

小学生の頃に読んだ「モチモチの木」のような巨木がたくさんあります。
その後、山を登り、不思議な雰囲気の玉石社へ参拝をしました。今までの人生でお目にかかれたことのない、とてつもなく神秘的な神社です。

玉石社。足元が雨でかなりぬかるんでいました。
玉石社さんの御神体は、巨木の合間の地中に埋まり、少しだけ顔を出している黒い石なのです。厳かな佇まいで、御神体だと言われなければわからないくらいです。

この黒い石は、なぜか掘り起こすことができないらしいです。
玉石社を後にして、山頂を目指しました。が、明らかに違う空間へといざなうような鳥居と、それを取り囲む風景に包まれていました。

まるで結界そのもののような鳥居。怖さすら感じました。
神社はご利益をもらういいパワーに満ちた場所、みたいに思っている人もいるでしょうが、同じように畏怖の念を起こさせるものも存在していると僕は思います。こういった自然が御神体の神社だと、やはりそういうニュアンスを強く感じさせられます。それが本来の神社なのだろうな、と。俗に「パワスポ」みたいな言い方をするような、気軽でポップな感じで捉えることはできないなぁ。この神社の奥へ進むほど怖さを感じました。
引き続き、登りにくい山道をどんどん登り、玉置山の頂上へ辿り着きました。

玉置山の頂上は視界ゼロ。ちゃんとした登山なんて久しぶりです。
写真を見てすぐに気づいた方もいると思いますが、今回、足元は白足袋にしました。ガイドの中澤さんから、歩きやすさの配慮や神域へ入ることへの気持ちの表明として、白い足袋をオススメされたのです。エアジョグIIIという名前の足袋。底にエアーが入っていて、かなり歩きやすいです。

白足袋の下には、5本指ソックスを。快適なフットワークです。

ガイドの中澤さん。この日は山伏の装束で入山していました。
頂上から宝冠の森(ほうかんのもり)という、大峯奧駈修行の中の行場のひとつである場所を目指しました。昨今の修行では、あまり使われていない場所だそうです。頂上の横に見えたシャクナゲの森を抜けました。まるであの世とこの世を結ぶトンネルのような感覚です。

地面に散ったシャクナゲの絨毯が美しい。
ひたすら木々と霧に包まれた不思議な空間を、ふたりで歩いて行きました。メジャーな登山ルートじゃないので、他にはもちろん誰もいませんでした。ひとりじゃ絶対に行けない場所です。非日常的な空間だなぁと思いつつ、山や森にとってみればこれが日常。非日常と思うのは、人間サイドの勝手な視点なのですよね。



中澤さんは時折、法螺貝を鳴らしていました。熊や猪もいるので、腰で鈴を響かせながらも、法螺貝も鳴らしていたのです。


歩くほどに、道が険しくなりました。両脇が崖になっているようなとてつもなく細い道。足を滑らせたらアウトというところもありました。気が引き締まります。
本当は鎖場という、2メートルほどの岩を鎖で登り降りする場に行くはずでしたが、朝まで降っていた雨や時間の都合で引き返すことに。

これも道。両脇が崖。ワタシ、かなりの高所恐怖症なんですが。
帰り道。中澤さんが突然、道が不明瞭になってしまい、一瞬ヒヤッとしたのですが、すぐに冷静な判断で元の道に引き返して、無事に帰れました。中澤さんのガイドは安全できちんとしていて、信頼していましたが、倒木で復路の角度からは道がないように見えて、違う方へ導かれてしまったのだそうです。
シャクナゲのあのトンネルが、本当にあの世へ繋がっているかのようにも思えて、道がわからなくなったほんの一瞬、あの世とこの世の境目を見たような気がしました。自然に対して、畏怖の念を忘れてはいけないと思いました。
再びシャクナゲのトンネルをくぐり、頂上へ戻ってから下山しました。
駐車場へと戻る途中、白山社という末社にお参りを。とてつもなく巨大な岩にしめ縄という御神体で、菊理媛(くくりひめ)が祀られています。菊理媛がこの岩に舞い降りてくるらしいです。ここも神秘的な場所。

イザナギノミコトとイザナミノミコトの諍いを仲裁したと言われるのが菊理媛。

とにかく見上げると凄い大きさの御神体です。
駐車場に戻ると、霧がどんどん晴れていて山脈が見えていました。

雲が素早いスピードで流れ、霧もどんどん消えて行きました。

晴らせてくれて神様ありがとう。
玉置を後にして、宿に向けて出発。熊野川沿いの168号線をひたすら南下しました。
中澤さんによれば、熊野川は深緑の美しい川なのだそうですが、雨のせいで増水して茶色く濁っていました。風景は、中国の山水画のように美しかったです。そして、熊野本宮近くの湯ノ峰温泉に到着しました。
こじんまりとした鄙びた温泉街。ここは古来から、熊野詣での際に心身の垢を洗い流す「湯垢離(ゆごり)」を行う場所としても知られていて、また「小栗判官蘇生の地」とも呼ばれいる蘇り伝説の霊験あらたかな聖湯。日本最古の共同浴場と言われる「つぼ湯」があって、1日に7回お湯の色が変わるのだとか。湯治場としても利用されているそうです。
ここで一泊して、宿の中の温泉で心身の垢を洗い流し、翌日の熊野三山へと備えて早めに就寝しました。
<2016 5月 熊野 巡礼の旅 2日目につづく>

