
今日はヴァレンタインデイなのに、
ちょっとビターなネタを投下してみます。
昨日のブログに書いていた
「人から嫌われるのが怖い」にも関連した話題。
タイトルはヴァレンタインっぽいですが、
画像からしてスウィートじゃありませんが…。
皆さんは、好き嫌いが激しいですか?
激しい…と言ってしまうと、
感情的な印象っぽいので言い換えると、
「自分の中での好きなものと嫌いなものが、
ハッキリとしている」
ということです。
何が好きで何が嫌いなのかがハッキリしていると、
まずは自分自身がラクですし、
スタンスがハッキリとしている分、
人との付き合い方も、
そして周りの人たちもラクになります。
いい人に思われたいがために、
そこをアヤフヤにしている人は多いですよね。
「好き嫌いなく何でも食べなさい」
「誰とでも仲良くしましょう」
子どもの頃はほとんどの人が、
そんなことを言われながら、
「嫌いなものがあることが悪いこと」という教育を、
大人から受けていると思います。
「私は嫌いな人なんていない」
「今まで誰も嫌いになったことはない」
すました顔でこんな風に言う人がたまにいますが、
嫌いな人がいることは人間としてダメだとか、
未熟という思いが先立っているのでしょう。
僕個人としては、
こういう人間は信じられませんけどね。
「自分は人を嫌うような人間じゃない」
「人を嫌うのは愚かで劣った人間の証だ」
そう思っているのかもしれませんが、その根底には、
「人から嫌われたくない。いい人でありたい」
という思いがあるのだと思います。
だから、たとえ嫌いな人がいたとしても、
それを表立って口にしないのです。
人を嫌いになること、それを口にすることは、
愚かで劣っている醜い心の人間がすることだと、
思っているのでしょう。
Aloha Solutionsの最新エントリーで書いた
「愛とは共に幸せを感じること」や、
その延長でブログに書いた
「批判のある場所に愛は生まれない」を読んでいただくと、
批判というものがよくないということは、
おわかりになると思います。
ここで取り違えてはいけないのが、
「嫌うこと」と「批判すること」は、
まったく違うということです。
嫌うということを、
批判をしていることと混同してしまうからこそ、
嫌いになるという行為はいけないのではないか、と、
思ってしまうのだと思います。
批判をすることはよくありません。
ですが、嫌いなものを嫌いということは
悪いことではないですし、
それは、批判とはまったく別なものであると、
識別した方がいいいでしょう。
何かを嫌いになることは、
決して悪いことではありません。
もちろん、嫌いな人がいることも
悪いことではありません。
だからと言って「嫌い」ということを、
過剰に感情的に表現することや、
嫌いな人の話題を会話のネタにして
盛り上がる必要はありません。
嫌いなものは嫌いとして、
それ以上深追いしない。
好きになろうと努力する必要もありません。
いい人でいたいがために、
嫌いという感情を封印しないようにしましょう。
自分にとって好きなものは何か、
嫌いなものは何かをしっかりと把握して示すことは、
自分の大切な領域を守ることでもあります。

