
マナカードは、
気づいたら読めるようになっていました。
どうしても読みたいという
我欲を持ったことは一切なくて、
必死に勉強した記憶がありません。
人から頼まれて、それに応えるために
努力していただけなのです。
でも、どんな努力だったのかは、
思い出そうとしても思い出せません。
何か、無我夢中になって、
リクエストに応えようとしていた感触が、
微かに残っている感じ。
今、僕の活動を支えてくれている人たちも、
気づいたら知り合って、
親交が深まっていたパターンが多いのです。
目的ありきで親交したわけでなく、
気づいたら知り合って、仲良くして、
そうなっていた、みたいな、そんな流ればかり。
マナカードにしても、
支えてくれている人たちにしても、
いつしか関係が深まっていて、
自分の一部となって、
大きな支えになっていたわけです。
どうしても手に入れたいと必死になったり、
足りないものを埋める感じになったり、
我欲を丸出しでがっついた感じになっていたら、
きっと今みたいにはなっていなかったでしょう。
がっつくと、失敗することが多い。
これは、まさに経験に基づくものです。
この頃、引き続き、本を読んでいます。
ハワイの哲学だけでなく、
さまざまな本を読んでいます。
勉強して何かを身に着けたい、とか、
足りないものを補いたい、とか、
そういう我欲を走らせて読むのではなく、
単に興味が湧いて、読みたいから読んでいます。
でも、たくさん読んでいるの。