本日、終戦記念日
幸田浩一さんのブログでご紹介されていた「戦死された方々の遺書」を読んで、
もっとたくさんの方にも知ってもらいたいと思い、リンクを貼らせていただくことをお願いしました。
幸田さんのブログはこちら
http://ameblo.jp/adok3/entry-10986826077.html
幸田さん、ありがとうございます!
以下、ブログから拝借
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今日は終戦記念日
靖国神社に保管されている、戦死された方々の遺書をご紹介致します。
『国民の遺書 泣かずにほめて下さい』靖國の言乃葉より
①未曽有の国家一大興亡のこの時
沖縄周辺の敵撃滅の為 勇躍征途(ゆうやくせいと)に向かいます
生をうけて十八年 何ら なすことなく
不幸を重ねて参りましたことお詫び致します
しかしながら 今や陛下の御縦と この若き身を捧げることの出来ました この光栄も
第一にご両親様のお陰であります
辞世
「男児等の燃えて燃えてし大和魂
身は九重の花と散るらん」
特攻隊として愛機と共に死を共にすることの出来る無上の光栄を 今 飾れることが出来ました
神国日本は必ず勝ちます
勝利の日まで 皆様のご健闘をお祈り致します
龍三をよくやってくれたと 一言でもよいですから言って下さい
神風特別攻撃隊 水心隊
海軍二等飛行兵曹
野村龍三
昭和20年5月4日 沖縄周辺洋上にて戦死
愛知県出身 18歳
②四月十一日 朝
明朝出撃と決定
俺の名前も出た
何をする間もない
心残りは、面会せず、休暇もなくして出撃すること。
家の人は おそらくこれ以上であろう。
しかし それが戦の姿である。
父上、母上、兄上
ここまで書くと涙が出る。
姉上、妹、弟
皆 元気でやれ。
後でトランク、荷物が届くと思う。
今、それを作っている。
神風特別攻撃隊 第三草薙隊
海軍中尉 鹿野 茂
昭和20年4月28日 沖縄方面にて戦死
茨城県出身 22歳
③母に告ぐ
穂積はいろいろとお世話をかけましたが 今やっと人並みとなって死ねます
病気等で本当にお世話になりました
どうか母さん余生を楽しく暮らして下さい
そうして穂積の墓に参ることを一つの喜びとして下さい
姿こそなけれども穂積は母さんのもとにおります
母さんは若い時より苦労しました 穂積はよく知っております
今までに母さんの一番嬉しかったことは 昭和十七年の秋 東京見物に行った時だと思います
あの東京の空は晴れておりました
あの母さんの顔が瞼に浮かんで参ります
陸軍伍長 大石穂積
昭和19年8月19日
フィリピン レイテ沖バシー海峡にて戦死
静岡県出身 23歳
④僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかも知れない。
お母さん、よく顔を見せて下さい。
しかし、僕は何にもカタミを残したくないんです。
十年も二十年も過ぎてから、カタミを見てお母さんを泣かせるからです。
お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
それが僕の最後の別れのあいさつです。
神風特別攻撃隊 第五神剣隊
海軍少尉 茂木三郎
昭和20年5月4日沖縄周辺にて特攻死
福島県出身 19歳
⑤気のせくままに 乱筆にて私の現在の心境を書き遺します。
この世に生をうけ二十年 ご両親様の一方ならぬ慈愛のもと
私は今に至るまで日本一の幸福者と思っております。
ひるがえって戦局を見るに、大日本帝国 未曽有の困難に私は特攻隊を志願しました。
この期に及び ただ一つの心残りは 今までお父さんお母さんに
ただ一度も安心せしめたことなく 親孝行出来ずに散るのが残念です。
しかし私は立派に手柄を立てて死んで見せます。
私の最後の親孝行 そして椎根家の名誉として
米兵数千と船一隻を太平洋の藻屑として見せます。
突っ込む時は 必ず お父さんお母さんと叫んで突っ込みます。
さようなら
神風特別攻撃隊 第二護皇隊
海軍一等飛行兵曹
椎根 茂
昭和20年4月12日 南西諸島方面にて戦死
東京都出身 20歳
⑥お母さん、首里の都もとうとう戦の庭と化しまして、
自分たちも勤皇隊として軍服に身を固め、米英撃滅に邁進したのであります。
沖縄も、いつかは勝ち戦の時が来るのですから、
母上様にはお体を大切にされまして、勝ち戦を待っていて下さい。
自分のことは、いかなる時にもご心配しないで下さい。
自分も良き死に場所を見つけて、御国にご奉公するつもりです。
お母さん、自分の働きぶりを見て下さい。
九段の御社で、
母上様さようなら。
散るべき時に散ってこそ
男と生まれし甲斐はありけり
鉄血勤皇隊
陸軍上等兵 豊里陳雄
昭和20年5月28日 沖縄本島 第62野戦病院にて戦死
沖縄県出身 15歳
…産経新聞出版より
これが、わずか15歳から23歳の人間が書いた文章でしょうか?
今からわずか66年前の出来事ですが、
自分のことより親や国のことを思う優しさを持った多くの人々の犠牲の上に、
今の日本があります。
もし彼らが、個人の私利私欲や政官財の利益優先・効率主義や消費者無視に
あふれた今の日本を天国から見ていたら、どう思うでしょうか?
こんな日本を創るために自分たちは死んだんじゃない!と言うような気がします。
僕も人生62歳。もはや私利私欲よりも
「世のため、人のため、ちょっとだけ自分のため」と正直に考え、行動し、
人に喜んでもらえる第三の人生を送りたい。・・・だから、
ボランティアのつもりで「知らなきゃ損!経済塾」をがんばります。
合掌
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読んでいたら泣けてきました。
年齢を重ねるごとに涙もろくなっている気がします。
もう約70年近くも前の戦争ですが、絶対に風化させてはいけないと、改めて思いました。