もしも記憶が全く無くなったら
どんな自分になるのだろう…。

今までと変わらない自分なのか
それとも、違う自分になるのだろうか…。

何を突然という話ですが
ある物語を観ていて、ふとそんなことを
考えてしまったんですよね。

私たちには、『いまここ』の瞬間まで
様々な記憶があります。

楽しかったこと、嬉しかったこと
辛かったこと、悲しかったこと
悔しかったこと、赦せないこと…
そして、たくさんの人との出会いの記憶、

大好きな友達との思い出
愛した人との出会いと別れ
大切な人と過ごした日々の出来事
喧嘩して、抱き合って、傷ついたり傷つけたり
助け合い、喜び合い、刺激を受け合った…
そんな、多くの出会いと別れを通じた
人との記憶がたくさんあります。

消し去りたい記憶があったとしても、
全ては自分にとっての掛替えの無いひとつの時間。

今の自分、そしてこれからの自分のために
必要な記憶の一部として、時の思い出が刻まれています。

でも、もしも、その記憶が全て無くなったら…?
いままでの思い出が全て消え
出会った人の記憶も全て消えて、
自分が知っている人も、自分を知る人も
全く存在しなくなってしまいます。

自分の存在意義も分からなくなるかもしれません…。

そうなったとき、幸せなのでしょうか?
それとも、寂しさでいっぱいになるでしょうか…?
失った記憶に代わり、
新しい記憶が、また蓄積されて行きます。
新しい出会いと、新しい出来事。


どんな人と知り合うのだろう?どんな思い出が残るだろう…。
自分というものが変わらなければ
同じような人に惹かれ、同じような人が周りに集まり
同じような経験をするのかもしれません。
新しい記憶には、どんな思い出が刻まれるでしょうか…?
記憶とは、
自分自身を振り返る日記帳のようなもの…。

そして、古い記憶も、新しく創られる記憶も
自分というものを知ることが出来る、
自分という存在を映し出す、
時の空間に並べられた、鏡なのかもしれませんね。




今日も 明日も ありがとうございます

