私が初めて飛行機に乗ったのは、確か、今から28年位前の37歳位時だと記憶している。それまでは、一生、飛行機に乗ることも無いと思っていた。それが、たまたま、仕事がらみで、長崎に行くことになり、乗ったのが初めて。つまり昭和時代は、飛行機に乗ったことが無かった。

 

その翌年の1992年(平成4年)。生まれて初めて、一人で香港へ行った。38歳。フリータイムのパックツアーに1人割増料金を払い行った。往復の飛行機、朝食付きホテル、ホテルへの送迎に現地日本語係員が送迎をしてくれるタイプのもの。食事も、何食か付いていたと思う。今思うと、英語も片言しか出来ないのに、よく行ったなと感心する。

 

小田急トラベルで申し込んだ、安い料金のツアーだった。当時の香港啓徳空港で同じ会社のツアー客を乗せて各ホテルを回って客を下していく。20人程の日本人観光客が、どんどん、降りてゆく。

 

やはり私は、安いツアーだったのでホテルが遠い。最後には、日本語ガイドまで「運転手さんに頼んであるから大丈夫」と言い残して降りてしまって、マイクロバスは、私と、日本語の出来ない運転手さんの2人きり。そして香港島の西の端の方にある「チャイナマーチャントホテル(華商酒店)」に着いた。運転手さんが、ジェスチャーで、ここだというので、降りて、一人でチェックイン。

 

確か、日本語は通じなかったような気がする。このホテルは、その後、中国人観光客向けのホテルになり、今は、もう無い。サイインプンと言った場所にあり地下鉄も、ここまでは着ておらず、トラムとバスのみ。ホテルは、比較的大きく、3つ星クラスのホテルといった感じで、悪く無かった。

 

2日目は、香港、マカオ市内観光。まだ、「タイガーバームガーデン」があったが予想外に小さかった。香港島や九龍半島の観光地を巡り、定番の土産物屋への強制入場。

 

午後は、オプショナルツアーで、ジェットフォイルでマカオへ行った。当時のマカオは、まだ今とは違い、工事中の所が多く、リスボアホテルやシントラホテルでのカジノ場を見るだけでランチ。

 

夕食は、水上レストランでの食事。3隻あり1番大きく有名な「ジャンボ」という船が満席で違う船でいただいた。当時から、ここでの団体客用夕食は、あまり美味しく無いという評判は、あったが、初海外旅行の私には、取り立てて、不味くは感じなかった。

 

3日目は完全フリータイム。一人でトラムに載ってビクトリアピークへケーブルカーで上ったが、昼間だったので、夜景は見えなかったが、これが香港という風景を鑑賞。降りて、フェリーで九龍半島へ渡り、当時、日本人観光客の定番だった「ペニンシュラホテル」でのアフタヌーンティーを一人で、いただいた。お客さんが日本人が多いことも有り、英単語を並べただけの会話でも十分通じた。

 

そして4日目に帰国の3泊4日。当時、私は、7年間患った「パニック障害」の治りかけ。それもあって、今考えると、「認知行動療法」を自分でやっていたのかもしれなかった。これで、一人で、海外へも行けるのだとの自信がついて、「パニック障害」が、完治に向かった、再発は、その後しない。記憶違いもあるかもしれないが、忘れられない初海外旅行だ。別に男性1人旅とはいえ、夜のお誘いは、無かった。

 

これに自信をつけたのか、この年には、台湾、韓国へも1人で立て続けに行った。